クレマン『レヴィ=ストロース』

カトリーヌ・クレマン『レヴィ=ストロース


  20世紀最大の文化人類学者で構造主義の思想家レヴィ=ストロースを、個人的にも親しいクレマンが、その全体像に肉薄しようとしている本である。『親族の基本構造』『神話論理』を中心に置いている。クレマンはさまざまな無意識の構造が、社会の機能作用の細部にいたるまで支配しているという直観から「魔術、宗教、いろいろな芸術形式、分類法、最後に集団の感情表現の支えとなる神話構造」いたるまで、ストロースの構造主義により展開されたという。
  レヴィ=ストロース民族学者になった1930年代でのブラジルでの先住民インディオ諸族のフィールドワークは、西欧の侵略と自然破壊を眼のあたりにして『悲しき熱帯』を書く端緒になる。自然と文化の緊張関係を指摘し、その脆い平衡関係を保存しようとする。クレマンは。ストロースを環境保護の思想の先駆者と捉える。また均質化する西欧文明のグローバル化の批判者とも見る。独自性、差異性を重視する文化相対主義とも。
  クレマンはストロースの方法を、地質学の累積的地層やマルクスの下部構造から影響を受けているが、理性と感性の統合を強調し、ブリコラージュというしばしば雑多な要素からなる手近な手段で、それぞれの要素を重んじその差異は、そのまま保存されている。神話は大きな構成単位・神話素によって組み立てられ、西洋古典音楽のオーケストラ譜のように、数多くの関係を活気づかせるものとして構造が取り扱われている。
  20世紀フランス思想において、サルトルマルクス主義弁証法批判に対して、それに対立する構造主義が60年代に熱狂され、1968年5月革命で今度は形式主義で無感覚とポスト構造主義で批判され、ドゥルーズガタリの絶対自由主義に行きつく思想ドラマは、凄い展開だと思う。
  ストロースはギリシア神話オイディプス神話を、アメリカ南西部ブエブロ族の神話分析と比較している。自然と文化の両義性と、何回も往復運動する円環の時間の神話が分析されていく。
  クレマンは、ストロースを環境権者だと強調し、人類の破壊能力が自分自身だけでなく、自分のすんでいる世界にむけられることに、恐怖感をもっていたと指摘している。情報は体系的破壊であり、人類学よりエントロピー学がいまや必要と考えていたという。ストロースをフランスの伝統的人間観察者(モラリスト)の延長線上で捉え、ルソーに近い思想家としているのも、私は面白かった。(白水社・クセジュ文庫)