大西裕『先進国・韓国の憂鬱』

 大西裕『先進国・韓国の憂欝』 
  アジア通貨危機以後の韓国の金大中盧武鉉李明博朴槿恵の4代の大統領を通じて韓国の政権がなにをしようとしてきたかを追求した力作である。日本も直面している少子高齢化、経済格差、グローバル化が、いかに韓国でも大きな問題になってきたかがわかり、日本との相違も見えてくる。大西氏は、福祉社会制度と貿易自由化とに焦点を絞って論じている。
  福祉国家への転換は金政権から始まった。それは朴政権の「経済民主化」まで通底していく。韓国では伝統的なイデオロギー対立は反米・親北朝鮮が進歩派、親米・反北朝鮮が保守派だが、貧しい高齢者、ワーキングプアー、就職しにくい若年層など経済格差と貧しい福祉政策が続いてきた、それを金大中政権が一変させた。通貨危機金融危機の時代と新自由主義経済の時代に、難しい選択をせまられて苦闘するのだが。
  進歩派といわれた金政権と後継の盧武鉉政権が、北欧型の社会民主主義的「参与福祉」を、経済自由化の労働力の「再商品化」による生産性向上で行おうとしたが、量的充実は達成されなかった。盧政権が日本にさきがけ、アメリカと米韓貿易自由協定を結び、「委縮した社会民主主義」と批判され、新自由主義だと基盤の進歩派から背信者あつかいにされる「ねじれ」を、大西氏は何故かを克明に分析していて説得力がある。
  アンチ盧政権で誕生した保守派朴明博大統領も、経済成長と土建国家に舵をきりかえようとするが、福祉縮小は成功せず、福祉予算は2倍に増加し、盧政権の福祉改革は生き残り、ここにも保守・進歩派のねじれが起こる。
  大西氏によれば、国民皆年金、皆保険が実現し、全国民で同一になる保障内容も金政権下でなされたが、医療サービスに関しては本人負担額は5割に近く、老齢基礎年金も低いという。その原因を大西氏は進歩派と保守派の深刻なイデオロギー対立にあるとしている。
  21世紀に韓国では労働市場と福祉政治を結びつけようとしてきた。なぜそうした「第3の道」が可能だったかを、大西氏は、韓国は日本的経営による終身雇用制が弱く、職種間の労働流動性が強いことを挙げている。アメリカ社会的だ。さらに企業、土地など生産要素の流動性も強く、貿易自由化にも抵抗が少ない。日本が産業セクター間の移動が難しく、利益集団の抵抗がさかんでTPPも難航しているのとは対照的なのである。(中公新書