榊原悟『日本絵画のあそび』

 榊原悟『日本絵画のあそび』

  日本美術は、洒落た視覚のマジックに満ちていて眼の極楽に誘うというのが、榊原氏の見方である。まず榊原氏があげるのは「誇張と即興」である。平安朝時代に「をこ絵」があり、パフォーマンス性があった。その即興性は葛飾北斎の「席画」のような大仕掛けの即興のよる「大達磨図」にもみられる。ミクロ画もある。さらに大小の逆転がある。昆虫を巨大に描いた林十江「蜻蛉図屏風」がある。
  「虚実のはざま」を描く絵がある。日本には名画伝説があり、描いた絵の馬や動物が現実に飛び出てくる伝説がある。虚実の錯覚をおこなう掛け軸の絵と、実物の花をその前に活け融合させる「掛物あしらひ花」がある。掛け軸や屏風の表装まで描き込み、現実と虚構を綯い交ぜにしてしまう。鈴木基一「鶯図」、柴田是真「滝に登鯉図」河鍋暁斎「幽霊図」などを、榊原氏はあげている。
  さらに「対比の妙」。長谷川等伯の「烏鷺図屏風」や長沢蘆雪の「黒白屏風」。蘆雪は「黒牛」と「白象」の対比で描く。おまけに白象に烏、黒牛に白い仔犬を付け加えて、大小の趣向をさらにこらす。歌川国芳の「朝比奈小人島遊」は、巨人の前に小人の大名行列を配置し、まるでガリバー旅行記のようだ。尾形光琳「虎図」は、背景の竹藪をとれば猫に見える猫虎の対比をおこなう。
  私が面白く読んだのは「左」「右」の趣向である。内裏雛の男女の位置の左優位から、キリスト教絵画の右優位、着物の着方の右優位が論じられ、文字の書き方から読み方まで左右の位置について、榊原氏は視覚論、文化論で考えている。
  その上で、「四季花鳥図屏風」など日本絵画史では右から左の図像構成が時間表現の原則になっているという。絵巻物はその見方から、右から左へと展開するが、「信貴山縁起絵巻」では、童子などその場に出現する場合、左から右に描き、それは「阿弥陀如来来迎図」にも見られるという。
 この本を読んでいると、日本美術には、西欧絵画の写実。遠近法は無かったかもしれないが、眼の錯覚を利用する「かたち」の趣向がふんだんにある伝統があったことがわかる。(岩波新書