松田美佐『うわさとは何か』

松田美佐『うわさとは何か』

  うわさはもっとも「古いメディア」である、デマ、口コミ。流言蜚語、風評、都市伝説などは、ネット時代になっても隆盛している。石油ショックの時のトイレットペーパー騒動や豊川信用金庫取り付け騒ぎ東日本大震災の時の買い溜め騒動、コンビナート火災の有害雨デマ、福島原発事故風評被害、都市伝説としての口裂け女から学校の怪談まで、枚挙にいとまがない。松田氏は様々な事例を挙げながら、ネット時代のうわさとは何かまで追求している。
  うわさには、ある情報が広まることにより、人々が通常と異なる行動をとることによって、そのうわさが現実化してしまうという「予言の自己成就」が起きる。うわさは、人から人への個人的関係性から広まる情報だが、うわさの強さや流布量は、当事者に対する問題の重要さと、その証拠の「あいまいさ」との積に比例するというオルポートによる公式がある。関東大震災や2・26事件の時代に、社会学者・清水幾太郎は、名著『流言蜚語』で、言論統制下で公的表明や報道への不信が、流言を産むと分析した。
  松田氏は公式発表やマスメディアの対極にうわさを捉えることだけではうわさはとけないし、うわさを伝える媒体=メディアの役割が重要だという立場を取っている。うわさの内容の真偽も重要だが、うわさには、人間の関係性=つながりを求める自己目的な側面があるというのだ。たしかに都市伝説は、不安な状況を超克する人と人をつなぐ物語的おしゃべりの関係性が強い。孤立回避や社交性がある。「もっともらしさ」の共有感覚がある。
  風評被害は、不確かな誤った情報やうわさと同視されるが、松田氏は政府発表、マスメディア報道、インターネットなど総合情報により、個人が採用しうる「合理的な行動」に基づいており、それによって「予言の自己成就」が起こるという。風評被害があれば、風評利益もある。松田氏は風評被害には、「あいまいさ」に耐える耐性が重要であり、わがこととして風評被害を主体的に捉え、安易に結論に飛びつかない対抗性を創る必要を主張している。
  この本では、インターネット時代のうわさも分析していて興味深い。ネット上のうわさは、多い情報や事実関係があいまいな情報だけでなく、特定の立場からの「情報」が集まり増殖する「集団分極化」「カスケード化(小さい滝)」に特徴があると松田氏はいう。ネット上の都市伝説は「ネットロア」というが、「他人に見せたい自分」や、万人受けする「いい話」で「いいね!」を集めるよう作られるというのも納得できる。松田氏が、うわさをつながり=関係性から分析したことが面白い。(中公新書