稲葉剛『生活保護から考える』

 稲葉剛『生活保護から考える』
   稲葉氏は、過去20年間に3000人以上の方の生活保護の申請に立ち会ったという。生活自立サポートセンター・もやいを設立し、生活困窮者の支援を続けているだけあって、この本も説得力がある。先進国の現代的貧困は、複雑な社会状況が絡み合い、様々な障害者も含みこんで、解決が難しい。その最後の砦が生活保護制度で、「健康で文化的な生活」を保障する人権保障の制度なのである。
  だが21世紀になって、この制度がゆらぎつつある。国家財政の危機による社会保障費抑制もあるが、申請を窓口で少なくする「水際作戦」や、生活保護基準の引き下げなど生活保護という「人権」への思想の揺らぎが見られる。不正受給や、扶養親族がいるのにといった生活保護バッシングなどが世論操作されている。また自民党は、憲法改正案まで一貫して「日本型福祉社会」論をとり、「家族の助け合い」「自助」を最優先に置き、「公助」は後回しにしている。
  稲葉氏は、家族や地域の絆を強調し、国家の責任を後退させる考え方を「絆原理主義」と批判している。また「現代家族の限界」を指摘している。扶養義務を強化し、行政が親族に負担を負わせることが逆に家族間の精神的なつながりを断ち切ることも生じているともいう。社会問題を「私的領域」に閉じ込める自己責任論になる。
稲葉氏は「公私二分論」に反対し、あくまでも個人の人権を重視する「公的領域」「親密的領域」「個的領域」の三分論をとる。「私的領域」を「親密的領域」に囚われ共依存やDV、虐待から、個人の尊厳を重んじる「個的領域」の防波堤に「公的領域」を置き、自立のために生活保護を活用しようと主張している。
   この本では、生活保護の世代間連鎖や、生活保護者を「二級市民」とみるスティグマの偏見、ケースワーカーの資格性、生活困窮者の自立支援問題などを扱い、現代日本の貧困と格差社会を深く追及している。湯浅誠『反貧困』(岩波新書)と共に、現代日本社会を考え直す本である。(岩波新書