村上春樹『色彩を持たない多崎つくると彼の巡礼の年』

村上春樹『色彩を持たない多崎つくると彼の巡礼の年』

 謎が多い小説である。謎とき小説だが、解かれない謎も多く残る。人生には因果関係が不明の謎に満ちているといえばそうだが。高校時代の5人の親友共同体から、突然原因不明の「絶交」を突き付けられた多崎つくるが、16年後にその謎を解こうとする。死まで考えた絶交状態を、なぜ時間がたってから、明らかにする気に成ったのかも謎である。大学時代の親友が、突然去っていくのも謎である。36歳で結婚まで考えた年上の女性が、年配の男と交際しているのは何故かも解かれず、結婚するかも不明で小説が終わるのも謎である。
  親友共同体の絶交の謎を解明していって、女子高校生に多崎がいわれなきレイプ疑惑をかけられたとわかるが、皆が多崎ではないと知っていて、シロという女高生の破綻を守るため、結束するのも謎である。その後シロは妊娠したうえ、絞殺されてしまうが、その犯人も不明のままである。ミステリー小説としても読める。村上氏は読者参加の謎ときを、この小説で仕掛けたのかもしれない。私はアカが犯人だと疑う。自ら同性愛というのも不自然だ。
  この小説の人物は、コミュニケーション不全というか、不能というか「オタク」的な心性の持主である。多崎は鉄道・駅オタクである。友人といっても、相互に自閉的な孤独な人々である。だが、多崎というオタク青年が、いかにオタクを超克して人生に生きていくかの行動の冒険を描いた「教養小説」としても読める。謎を解くためにもう一人の女高生が結婚しているフィンランドまで訪ねていくのだ。この旅の風景は美しい。
  この小説では「色彩」と「六本指」が象徴として使われている。5人親友共同体はみなアオ、アカ、シロ、クロ、とい苗字に色彩が含まれているが、多崎だけ無色彩で個性がない空虚な自分と思い込むのだ。
  謎の死を宣告されたジャズ・ピアニストも緑川という名前である。その話をして失踪する大学の友人は、灰田である。多崎だけ「色彩」がなく、「作る」と呼ばれるのは何故かは、技術的制作と情念(芸術・宗教的)の「色彩」との対比がある。「六本指」は情念過剰な狂気を秘めた「過剰」の象徴かも知れない。
  私は多崎は沙羅とは結婚しない、出来ないと読んだのだが、どうだろうか。(文藝春秋