グリマル『セネカ』

ピエール・グリマル『セネカ

  古代ローマの哲学者セネカの生涯と思想を描いた本である。グリマル氏はセネカが、フランスのラ・ロシュフコーモンテーニュ、ラ・ボエシー、パスカル、ルソーの思想に大きな影響を与えたと述べている。
  私はセネカローマ皇帝中でも残忍な専制君主であるカリグラ、クラウディウス、ネロに仕え、カリグラには処刑されそうになり、クラウディウスにはコルシカ島に追放され、ネロによって自殺させられた一生に興味を持つ。
   おまけにネロ帝においては「家庭教師」だったのである。狂気に近い権力情念の放恣に対して、「怒りについて」や「心の平静について」や「人生の幸福について」「寛容について」を書き続けたセネカの哲学は、ストア哲学に入れられているが、人生の苦境に立ち向かう思想でもある。
  セネカは悲劇作者としても、多くの悲劇作品をかいているが、そこには哲学とは異なる理性では抑制できない情念の悲劇が描かれ、皇帝権力の源泉が見て取れる。スエトニウス『ローマ皇帝伝』(岩波文庫下卷、国原吉之助訳)には、11歳のネロの教師になったセネカが、睡眠中カリグラに学問を教えている夢を見、ネロが残忍な性格を示して、セネカの夢が正夢だったことを証明したと記している。タキトゥス年代記』(岩波文庫下卷)でも、セネカがネロに全財産を返し、引退したいという対話が述べられている。
  グリマル氏によると、セネカは若い時エジプトで学び、太陽神学と神聖君主制による怒りよりも、平静な愛と恩恵による権力行使を理想と考えていたという。理想と現実の深淵にセネカは苦悩したのではなかろうか。人間は永遠の移住状態にいるが、自由であるためには運命や死に対し、常に「間隔」を置き、思考と自己への尊厳を保つことが必要という。
  「幸福な人生について」では、外的な快楽に支配されない、「気晴らし」に左右されない判断力ある人生を勧めている。「われわれに課せられている務めは、死すべき運命に耐え、われわれの力では避けられない出来事に心を乱されない、神に従うことが自由である」(『人生の短さについて』(岩波文庫、茂手木元蔵訳)
  セネカは、イエス・キリストと同時代であり、使徒たちの時代に生きている。キリストに触れた文章はないが、(偽書使徒パウロ往復書簡があるという)グリマル氏によれば、キリスト教生活の予備教育を与えているというが、興味深い。(白水社、クセジュ文庫,鈴木暁訳)