大沼保昭『「慰安婦」問題とは何だったのか』

大沼保昭『「慰安婦」問題とは何だったのか』

1993年宮沢内閣の時に河野洋平官房長官が談話を発表し、「総じて本人たちの意思に反し」女性の名誉と尊厳を傷つけたとし、「お詫びと反省の気持ち」を表明した。安倍政権は、第一次内閣の2007年日本軍による強制連行を直接示す記述はないと閣議決定し、第二次内閣の2014年には河野談話の検証に踏み込んだ。
官房長官は,3月12日の記者会見で河野談話継承を述べ、米オバマ政権は「朝日新聞」(2014年3月12日)によると、河野談話維持を日本に伝えたという。大沼氏の本は、慰安婦への謝罪と償いを12年にわたりおこない、2007年解散した「アジア女性基金」の軌跡を辿り、戦争責任や歴史認識の在り方を、この本で書いた。
   「アジア女性基金」は1995年村山内閣の時、日本政府が道義的責任を認め、被害者個々人に「総理のお詫びの手紙」を渡し、国民と政府の協働の基金を募集で募り、被害者に補償するという財団法人だった。大沼氏はその基金の呼びかけ人の一人であったため、その軌跡を綿密に書いていて興味深い。償いの実施は、フィリッピン、台湾、韓国、オランダ、インドネシアに及び、364人の被害者に補償金と医療福祉費が手渡された。
  96年の橋本総理から2001年小泉総理までの「お詫びの手紙」も被害者に渡された。そこには「私は、日本国の内閣総理大臣として改めて、いわゆる従軍慰安婦として数多くの苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負わされたすべての方々に対し、心からおわびと反省の気持ちを申し上げます」と明言されていて、渡された元慰安婦の中には泣き崩れた人もいたという。
   大沼氏は「アジア女性基金」の達成と失敗を分析している。国内的には、「慰安婦=公娼論」を唱え、国家関与を否定する右派、他方国家賠償を請求し基金まやかし論を主張した左派の批判が強く、道義的責任より、法的責任要求が、基金を孤立させていったと述べている。
  国外では、韓国では特に、日本政府の謝罪、責任者処罰、基金は法的責任回避の隠れ蓑、国家補償の実現による尊厳の回復という主張が強く、基金の補償金を受け取ると「カネで心を売った」と裏切り者扱いになり、挫折していったと、大沼氏は分析している。
  大沼氏は、日本政府の無為無策、逃げの姿勢が国際社会に定着してしまったといい、国民と国家が協働して「負の遺産」に立ち向かう「新しい公共」と、韓国の市民運動やNGOとの連帯を主張している。(中公新書