イプセン戯曲を読む(4)『幽霊』

イプセン戯曲を読む(4)
『幽霊』

  イプセンは家族制度にからめとられた女性を描くのがうまい。このドラマの主人公アルヴィング夫人は、地位も財産をもつ侍従武官と結婚した。だが夫は放蕩な乱暴な放恣な人間で、若いお手伝いを妊娠させる。
夫人は『人形の家』のノラのように自由を求め、牧師マンデルスのもとに逃げ込むが、名家のため19世紀ノルウェーの世俗慣習を説き、忍従の義務を含めて家に帰される。一人息子が生まれ、夫人は欺瞞の結婚生活の中で、夫に耐え名家を守る。
  26年後、夫の影響から遮るためパリに留学させた息子が帰国する場面から、このドラマははじまる。侍従は十数年前に死に、未亡人に成っている。だが、息子はお手伝いとして家にいる父が産ませたレジーネにひかれるが、近親相姦になる事実は二人とも知らない。その上。父の放蕩の遺伝で、廃人に成りつつある。
 未亡人は悩み、事実を知らせそこで悲劇となる。夫と同様にお手伝いを誘惑する場面を目撃した未亡人は「過去の幽霊」を見たと思う。わたしたちはみな幽霊だとこういうセリフを述べる。  「私ども共の体内を流れているのは、父親や母親の血ばかりではございません。もはや葬られた筈の怪しげな思想だの、あれこれの古い死んだ信仰だのーそういったものが、まだほかにも、いくらも幽霊になって彷徨っているのでございます。」新聞を読んでも、印刷してある行の間に幽霊がしのんでいくのがみえるという。
  因循姑息な慣行と世間態重視による家族制度の重荷を背負い、家から自由になれない19世紀ノルウェーの家族制度にたいするイプセンの怒りが、この劇には漲っている。19世紀らしく遺伝決定論の恐ろしさも強調されている。 
  過去という「幽霊」からの解放をイプセンは強く望んでいたことが、このドラマには見られる。(岩波文庫竹山道雄訳)