エリオット『荒地』『キャッツ』

T・S・エリオット『荒地』『キヤッツ』

  エリオットの詩集『荒地』は戦後日本現代詩に大きな影響を与えた。第一次世界大戦後の1922年に出版された。戦争の荒廃とヨーロッパ文明の衰弱がこの詩に色濃く出ている。エリオットは、その精神風景を、聖杯伝説や、原始宗教、キリスト教を土台にして「死と再生」を詠った。多様な詩の引用・引喩から重層的に造られているから、注釈がないと分かりづらいところがある。
  だが、第二次世界大戦の戦死者、原爆や空襲の犠牲者、さらに3・11の大震災、原発事故の死者、犠牲者を思いながらよむと、その魂の再生が、荒廃のなかで如何になされるかが迫って来る。「四月は最も残酷な月」ではじまる「死者の埋葬」から、「水死」「雷が言ったこと」まで、エリオットの過去と現在の相互浸透が「意識の流れ」によって描かれていく。
  死者の記憶を無にせずに「再生」するためには、文明の荒廃・衰弱の「荒地」からの自己を抑制した意志と、蘇る神の復活が必要だとエリオットは考えている。死者の無念の伝統を繰り返さずに、再生に向けて連続性で復活して生かしていくという「伝統主義」を、エリオットはとっていると思う。戦死者を利用してみたり、復興の名で災害の荒廃を無にするのとは、過去を繰り返すことになる。エリオットのような過去を無にしない「保守主義」は重要だ。
  エリオットは猫好きである。初期の詩「風の夜の狂詩曲」でこう詠う。「溝に身を伏せている猫を見たまえ。ぺろっと舌を出して 腐ったバターのかけらを喰らいついている」晩年『キャッツ』という猫の詩集を書く。そこには多様な性格を持つ猫が出てきて面白い。私は猫の名前が面白かった。「猫に名前をつけるのは、全くもって難しい」と詩に書く。おばさん猫ガンビー・キャット、親分猫グロウルタイガー、あまのじゃく猫ラム・タム・タガー、長老猫ヂュートロノミー、犯罪王マキャヴィティ、鉄道猫スキンルシャングスなど。
 「永遠の愛」を誓った愛妻ヴィヴィアンとの苦悩と愛の極限の果て、離婚し妻は死ぬ。『キャッツ』出版は離婚後6年たった時だが、笑いとユーモアのナンセンス詩の背後に愛の終わりがあった。(訳者池田雅之氏の「エリオット小伝」)エリオット夫婦の物語は最近映画化され「愛しすぎてー詩人の妻」のタイトルで上映されている。この詩がロイド=ウェバーでミュージカルになり、日本でも劇団四季のロングランになっているのに、墓のなかのエリオットは驚いているだろう。(『荒地』岩崎宗治訳、岩波文庫『キャッツ』池田雅之訳ちくま文庫