フィリップ・ボール『元素』

フィリップ・ボール『元素』

  化学学者が書いた元素をめぐる文明史である。元素の本は多くあるが、文系の人が読んでも面白い。もはや成分に分かれない単体に触れると、万物の素材だと、心が躍るというボール氏は、物質世界と人間の関わりを描いていく。17世紀まで世界観を決めてきたアリストテレスの4元素説(土、水、空気、火)が、根強く続いたのは何故かについての説明は説得力がある。「元素」というより、物質の「状態」、土=固体、水=液体、空気=気体、火=エネルギーと見れば、状態変化として長続きしたと見る。
   だから空気の研究から酸素がいかに発見されていったかを、フロギストン(燃素)説からラヴォアジエまで描き、酸素は生命活動により生まれたと締めくくる。欲望と呪いの元素として金を取り上げ、金が不活性で変化しないのは何故かが最近分かったという。金の表面が変化せずピカピカなのは、金の表面分子の反結合構造のせいだが、1995年明らかにされたというのも驚きだ。錬金術や化学反応でなく、核反応を使い、原子炉から高エネルギー中性子を水銀分子に当て、少量の金を得たのも20世紀後半だった。
  甦る錬金術として、核爆弾を創り出す「元素変換」の歴史は読ませる。周期表でも天然にない元素が次々と核化学で「発見」され、いまや118元素になったことも、人間をどう変えていくのだろうかとも思う。兄弟原子ともいえる元素同位体である炭素14年代測定で考古学をいかに変えたかや、気候変動の解明(氷床測定)や人体の画像撮影まで触れられている。
  暮らしを支える元素たちでは、IT時代の立役者ケイ素や、シリコーンゴム、排ガスをきれいにする触媒コンバーアタにつかわれるパラジウム、貴ガスのヘリウムやアルゴン、レアースなどにまで触れられている。ボール氏は、超元素の合成はまだ続くにせよ、胸躍る元素発見の時代は終わり、元素を組み合わせて材料にする化学者の仕事は終わっていないと述べている。(丸善出版