プルースト『失われた時を求めて』(②)

プルースト失われた時を求めて』(②)
『花咲く乙女たちのかげに』

  この卷は、話者の青春期の恋愛と、将来に天職となる芸術家(小説家ベルゴットと画家エルスチール)との出会いが描かれている。第一部「スワン夫人をめぐって」では、初恋の相手スワンの娘ジルベルトとの失恋物語である。プルースト描く恋愛は、主観的な青春期の少年の微妙な心の揺れである。色々の手立てを使い、スワン家に招待され、ジルベルトと親しくなり、お茶の会にも出席するようになる。シャンゼリゼの公園で女友達をと共に遊ぶシーンはいい。だが少年の自意識と、恋人の予測不可能性が、初恋を衰滅させていく。
  第二部「土地の名―土地」では、ノルマンディの保養地バルベックでの夏の長期滞在中の物語である。貴族やブルジョアなど逗留客の生態やホテルの在り方が描かれている。だがこの卷は、まばゆい夏の海を背景に、堤防に自転車などに乗った10代の乙女たち5人とのめぐり会いと、その5人の乙女たちとの集団的な恋である。そのなかの一人アルベルチーヌは、ふっくらとした頬、きらきら光る目、つやつやした黒髪のスポーツ少女で、話者の青年は惹かれていく。
  仏文学者・鈴木隆美氏は「その出自が明確にされないまま、主人公の意識の中で無数に分裂し、そのアイデンティティが示されないヒロインはフランス文学史プルーストが初めて提供した」という。(『思想』第1075号所収「無意志的記憶の思想的背景」、岩波書店)この少女に接吻を拒まれてからの話者の行動が、集団的恋愛に傾く心理も面白い。
 私は、通俗的読み方かもしれないが、青春恋愛小説としてこの卷を読んだ。少女たちと遊ぶ夏の海の描写と、生き生きと描かれる少女群像が素晴らしい。プルーストの文章は、印象主義的であり、比喩が多用されている。西欧名画との比喩・参照が面白い・(『失われた時を求めて岩波文庫3、4卷、吉川一義訳)(、ちくま文庫2、3卷、井上究一郎訳)