河村英和『観光大国スイスの誕生』

 河村英和『観光大国スイスの誕生』

  2014年は、日本とスイスが国交樹立してから150周年にあたり「スイス・デイズ」など様々なイベントが行われる。河村氏はイタリアのホテル建築文化史が専門だが、スイスのホテル史の影響が大だとし、この本を書いたという。副題が「辺境」から「崇高な美の国」へとあるように、観光立国の200年史を描いていて、面白い本である。
  17−18世紀に英国貴族に流行した「グランド・ツァー」というヨーロッパ周遊旅行の重要な目的地はイタリアであり、スイスはそこに行くための不便な辺境の地だった。見どころがない「荒涼画」の世界だった。18世紀後半から、リスボン地震などで、都会文明から「自然回帰」が唱えられ、ルソーを始め、英国の哲学者エドマンド・バークなどにより「崇高美」というロマン主義が強まり、氷河、滝、アルプス高山、崖、切り立つ崖、湖などの景観美が発見される。氷河や、アルプスに魅せられた画家やバイロンなど詩人について、河村氏は詳しく述べている。
  19世紀になると、モンブランなどアルプス登山が盛んになり、それにともなうアルプス観光が流行に成る。スイスは登山鉄道や宮殿のようなホテル建設で観光立国を目指す。1863年旅行代理店の元祖トーマス・クックが英国で、スイス団体旅行を販売し、近代ツーリズムが幕あける。私が面白かったのは、人気の温泉地とともに、健康に良いアルプスの空気と太陽光で、結核などの「療養大国」スイスを、19世紀後半から20世紀にかけて述べている河村氏の視点だ。いま世界経済フォーラム「ダヴォス会議」の地は、結核療養地と栄え、ペニシリンの発見で不要になったホテルやサナトリウムの存続の村おこしに会議など招請したという。トーマス・マン魔の山』の舞台でもある。20世紀になると、スキーなどウインター・スポーツが観光になる。
   この本では観光地化のために、ホテル・チェーンを展開したブッハー・ドゥッラーが、山頂ホテルとケーブルカーをセットにした高級ホテル建設に邁進したことや、サン・モリッツなどに「アルプスの宮殿」と言われるホテルがいかに建設されていったかも詳しく述べられていて、観光大国スイスが浮かび上がってくる。さて、日本も2013年に外国人観光客1000万人突破がいわれるが、果たしてスイスのような在り方は出来るのだろうか。(平凡社新書