石水喜夫『日本型雇用の真実』

石水喜夫『日本型雇用の真実』

  労働政策が目まぐるしく変わろうとしている。派遣社員の任用期間や、正規社員の解雇自由化、残業、柔軟な勤務形態などである。この根元には「雇用流動化」がある。石水氏は、市場原理になじまない「労働は商品である」という労働経済学を批判し、1990年代以降、規制緩和などで使命を終えた「日本型雇用」(年功序列、終身雇用、企業内組合)を擁護し、更なる充実を主張している。
   冷戦終結の1990年代以降、欧米中心にグローバル化自由主義市場経済の大合唱になり、それは労働政策にも及ぶ。経済協力開発機構OECD)は、新古典派経済学を用い、1996年「対日審査報告書」を出し、「日本型雇用」を批判し、市場の資源配分を公平化していないと、雇用流動化の構造改革を迫った。解雇規制の緩和から、民間職業紹介、労働者派遣事業拡大などで労働力の需給調整を民間ビジネスでおこない、労働力の調達、排出をもっと労働市場で行うべきだと圧力をかけた。OECD内の労働組合諮問委員会で、グローバル化で各国の雇用慣行を安易に改変すべきでないという批判もあったのに、日本政府は合意してしまう。日経連(いま経団連)も「新時代の日本的経営」で雇用流動化を打ち出す。
   石水氏はケインズ・ハロッド経済学に則って雇用流動化の欺瞞を、この本で抉りだしていく。その上で、職業は「個人」とともにあるのか、「会社」と共にあるのかを問い、「会社」とともにあると主張する。仕事基準よりも人間基準で「会社」が雇用の長期安定のもと、人材育成で「職務遂行能力」を企業内でおこない、年功序列で学んでいく「日本型雇用」の付加価値能力を高く評価する。もちろん企業に従属する「会社人間」の克服も指摘し、「日本型雇用」は創造力自己創出の基盤を秘めているともいう。多様な人材を企業内に蓄積出来たら、エクセレント・カンパニーなのである。
   私が同感したのは、労働運動が賃金闘争だけでなく、「労働は商品でない」という立場で、市場経済の暴走を喰いとめ、働くことの持つ人間性や社会性を、経済活動の中に埋め込み続ける対抗的社会運動と捉えていることである。非正規社員やパート、派遣と正規社員の差別・格差、パワハラやセクハラさらにブラック企業などは、雇用流動化による「労働の疎外」から生じている現在、石水氏の考えはもっと再考される必要がある。(ちくま新書