大谷幸三『インド通』

大谷幸三『インド通』

 インド紀行は難しい。文明の違いがある上に、広大な国土、膨大な人口、多様な民族、宗教、言語、イギリスやイスラム統治などの歴史など混沌が渦巻いている。大谷氏は40年以上、70回を超えるインド旅行と、親しいインド人の知人によって、インドのフィールドワークをこの本でおこなっていて面白く読めた。
   40年前からインドに行き来しているだけあって、変わらぬもの、変わったものが大谷氏の本から浮かび上がってくる。例えば、聖地巡礼はインドを描くとき、三島由紀夫遠藤周作の小説でも有名である。ガンジス川の沐浴と、死を待つ人々の死んで、火葬が川岸で行われ、観光客が舟で見物する。燃やす薪代もとられる。だが、近年ガンガの沐浴場近くに重油による大規模な火葬場が出来た。環境破壊の心配や近郊の人口増からだという。
  カースト制も健在だが、カースト液状化が起こりつつあると大谷氏は指摘している。
共和国憲法で補遺・スケジュール条項があり、保護・優遇されるカーストが規定されているが、制定時は全人口16%だったのが、2002年1230のカーストに増えているという。進学や就職への最底辺のアンタチャブルの優遇措置は、うわずみされてきている。優遇カーストの国会議員も増加している。
   首都デリーの都市交通は近代的地下鉄「が中心だが、10年前のバス、タクシー、三輪のオート・リキシャの渋滞と比較し、またオールドデリーの変わらなさを大谷氏は描いている。1980年代、ニューデリー駅の構内信号所の一画に、没落した藩王家と称する家族一家が政府に抗議すると暮らしていたのを、大谷氏が訪ねた下りは面白い。いまやその下に地下鉄が走っている。
 大谷氏の本が面白いのは、かつてのマハラジャ藩王家の末裔)の現在や、イギリス統治時代から連綿」と引き継がれたエリート官僚の生態から、カレー、インド鉄道の歴史と現在、乗用車マーケット、商取引の不思議、占星術と結婚式、さらにインド映画の名優まで、40年の体験を基に書かれていることだ。インドの一端が浮かび上がってくる。ただIT大国化や理数系の問題がぬけおちているのが残念だった。(白水社