クラウス『宇宙が始まる前に何があったか』

ローレンス・クラウス『宇宙が始まる前には何があったのか?』

 宇宙物理学者が、「空っぽの無」から、いかにこの物質的有の宇宙が生じたかを論じた驚異の書である。20世紀から今まで、ビックバンによる膨張の性質を最初のマイクロ秒まで遡って知り、何千個の銀河や星を発見し、宇宙の99%は人間に見えない新素粒子を含む暗黒物質と、さらに大量の暗黒エネルギーまでも見つけ出した。いまや70%と推定される暗黒エネルギーという真空には、ゼロでないエネルギーが含まれ、その微量なものから、この宇宙の物質世界が生じたというのである。
  クラウスの本を読んでいると、常識を超え眩暈がしてくる。宇宙は加速し膨張し、やがて光速を超え見えなくなり、今だけが宇宙を観測できる機会をもつという。2兆年後は銀河系(もちろん地球は消滅している)以外は見えない。宇宙は、この宇宙だけでなく数多くの宇宙が無数に存在するという多宇宙論も主張される。
  量子力学によると、何もない場所に量子のゆらぎから、なんらかのエネルギーが生じる。さらにそれに相対性理論が加わると、物質に対する反物質が必ず存在し、それらが衝突し消滅する。だが、ビックバンの最初のインフレーション状態では、わずかな小さな非対称性が生じ、わずかな過剰だった物質が残ったのが、この宇宙を作ったという。
  その非対称性が10億分の一でも、今日の宇宙に見られるものを創り出した。陽子一個に宇宙マイクロ波背景放射に、およそ10億個の光子が存在するのは、時間が始まった時物質と、反物質が打ち消した残り物と指摘する。ヒッグス粒子の発見はそれを証明することになるのか。
    あとがきで生物学者リチャード・ドーキンスが、ダーウィン種の起源』に匹敵するとコメントし、何もないところから、何もない不安定を避ける物理法則で何かが生じるのは、生命の起源とおなじであると指摘しているのも面白い。宇宙物理学が「無」とは何かを論じだしたのも、哲学的である。(文芸春秋青木薫訳)