近藤和彦『イギリス史10講』

 近藤和彦『イギリス史10講』
  紀元前2300年のストーンヘンジの時代から、20世紀末のサッチャーとブレア首相の時代までのイギリス史の壮大な通史である。近年の研究成果も十分に取り込まれており、これまでの既成概念も揺さぶられる。近藤氏は、イギリス史を、一国史ではなく、ヨーロッパ史という場面で論じている。グローバル化を近現代だけでなく古代・中世・近世にまで広げている。また、イングランドスコットランドアイルランドウェールズという「連邦国家」史観でかかれているのも、特徴である。また、「複合社会」としてとらえているから、「単一民族国家」や「一にして不可分の国家」という視点も避けられている。
   私がおもしろかったのは、ローマ帝国の「亜ローマ」と古代をみていると同時に、北欧・ヴァイキングの征服を「アングロ=ノルマン複合」と見なしていることだ。ヨーロッパ史と結び、アンジュー朝のヘンリ二世を複合君主としている。この流れは近世の名誉革命以後のジョージ一世のハノーヴァー朝でも繰り返される。「万世一系」ではないのだ。「君臨するが、統治しない」の原型がここにある。近藤氏は最初のグローバル化エリザベス一世の「長い16世紀」に置いている。大航海と国民的産業と奴隷貿易。 第二のグローバル化は19世紀初めの産業革命期であり、今が第三のグローバル化だという。
 近藤氏は17世紀の名誉革命を議会制民主主義と自由主義という進歩史観で捉えることを「ホイッグ史観」として否定している。ピューリタン史観もイングランド中心の史観として避けている。18世紀の「近代世界システム」の形成も論じられ、英仏戦争、アメリカ独立戦争を「第二次百年戦争」として叙述している。関税、所得税、消費税、国債による「財政軍事国家」という見方も新鮮である。それが啓蒙主義と裏表になっている。
 産業革命貿易赤字と舶来品・贅沢品にたいする模倣商品の生産のためというのも面白い。ランカシャ綿業はインド更紗、ウェジウッド陶磁器は中国や日本の代替生産から生まれた。19世紀の「大変貌のヴィクトリア時代」や「大衆社会帝国主義」やなぜ福祉国家の道を20世紀辿ったかも興味深い。近藤氏は、安易なイギリス衰退史観を取っていないのも好感が持てた。(岩波新書