『中勘助詩集』(谷川俊太郎編)

中勘助詩集』(谷川俊太郎編)

  子どもの世界を子どもの眼で描いた名作『銀の匙』の中勘助は、若い時から詩歌に親しんだと和辻哲郎は言う。(岩波文庫銀の匙』 解説)中勘助の散文は、日本語が磨きに磨かれ精密で円やかである。私が好きな短文は『母の死』(角川文庫)である。母の臨終を、これほど情愛を持って書いた作品はないだろう。
 中勘助の詩は素直な感情がリフレインとなって叫んでくる。この作品にも2編の詩がほとばしりでている。
 「母が目をぱっちりあいた 待ちかねた目をぱっちりと みんなこい みんなこい 目をあいたぞぱっちりと けさから待ちかねた目を」
  「母の死霹靂のごとく 音なき谷のごとし 五十にしてわれ幼な児のごとく叫ばん 母よ母よ 去りゆくところをしらず 雲のごとく 風のごとし とどまるものもおなじ すべて虚空にひとし」
  この詩集にもリフレインの詩人が見事に唱っている。「小鯛」では「ああ小鯛 ほう小鯛 鯛や鯛 二十匹」や「おでん」では「かわいい子よ かわいい子よ おでんのつゆに きものよごすな」など,こどもの純粋さを失わない詩人なのである。単純だと思うなかれ。中勘助の詩には、家族、親族や、恋人の死や自殺、痴呆な兄の介護などの苦悩が隠されている。それを浄化する純粋愛の詩なのだ。人間の醜悪さや自己の醜さを「業」として認識しながら(『犬』や『菩提樹の陰』などの作品)書く詩だから浄化がひときわ際立つ。
  「あわれなにものか常住なる わが詩もまたたちゆく鳥なり わが胸を巣だち いずこに宿り 汝が調べよき囀りをもって しばし誰か楽しましむる」なのだ。そういえば中勘助には『鳥の物語』という傑作寓話集がある。様々な家族の人々や友人の自殺、恋人の死を経験しながら中勘助は81歳まで生き,昭和40年に亡くなった。これだけ自己の生活体験を大切にした作家はいないだろう。子どもへの愛にも心うたれる。(岩波文庫)