パウル・ベッカー『オーケストラの音楽史』

パウル・ベッカー『オーケストラの音楽史

 ベッカーといえば『西洋音楽史』(河出文庫)という名著がある。この本は1936年に書かれたもので、オーケストラと作曲家の関わりを、ハイドンからストラビンスキーまで200年の歴史を、音楽だけでなく広い西欧社会の変遷を視野に深く抉り出している。西欧音楽で、楽器のメカニックな集合体であるオーケストラが、近代という200年間に何故生まれ、終わったのかを描きだす。ベッカーが終わったというのは、音の強弱の幅と音色の変化を利用したハーモニー中心の楽曲展開という手法の終焉を指している。
ベッカーは、ハイドンから始まる古典主義の「理性的」交響曲と、理性にたいする「感情」の勝利としてのシューマンベルリオーズシューベルトなどロマン主義を対比している。私が興味を持ったのは、ベッカーがオーケストラの作曲家を、交響曲とオペラに分類し、交響曲はベートーベンで頂点に達したが、オペラは常に新しいものを産み出す力を内包しているという見方である。この本で、オーケストラに言語とドラマを導入し、ハーモニーを垂直に構成し壮大な宇宙的を作り出したワ-グナーの描き方が面白い。
さらに「国民的オーケストラ」として、イタリアのヴェルディ、フランスのビゼー、ロシアのチャイコフスキーフィンランドシベリウスなどのオペラを取り上げて民族性からも分析している。また「芸術のための芸術」として、シュトラウスドビュッシープッチーニを取り上げ、楽器の調和のとれた集合体が「少数の楽器群への分割」に分裂していったという。
ストラビンスキーは、ハーモニーからリズムによるドラマに転換したと見る。20世紀に成り「感情を表現する音楽から純粋な音の動きとしての音楽へ、デュナーミク(音の強弱の幅)を駆使して詩的な発想を音にするダイナミックな音楽から、曲の構造原理を重んじる静的な音楽へ、内なる感情を構成力とする音楽から、外に表れた動きを音にする音楽に」変わったとベッカーは指摘する。とすると20世紀音楽は、18世紀の音楽に再帰しているのかとも思う。(白水社、松村哲哉訳)