村山司『イルカのふしぎ』

村山司『イルカのふしぎ』

イルカが「賢い動物」であることは、水族館などの芸を見ていてもわかる。村山氏は20年にわたり、ヒトと会話し、文字が読めることを目指し研究してきた海洋学者である。この本にはイルカの生態が数々述べられて楽しい読み物になっている。
白亜紀の末の6550万年前、隕石の衝突で恐竜が絶滅し海から上がり、陸に生きていた哺乳類のクジラ類(イルカの)は、二度目の水中生活に帰って行った。水中に適応した身体に2000万年かかり劇的に変化し、音響探査能力や巨大な脳を進化させ、長く、深く潜水する身体改造を行ってきた。「群れ」をつくり、歌と口笛とおしゃべりのコミュニュケーションを発達させた。村山氏によれば、イルカは女系社会であり、母親だけでなく、乳母や保母イルカもいるという。
この本の特徴は「水中の最大の脳」といわれるイルカの「賢さ」の探究にある。人間並みの脳構造をもっていると実証していく。人間の記憶を司る大脳「海馬」領域は、イルカでは巨大であり、村山氏の実験でも、イルカが長期記憶に優れていることがわかる。イルカの脳は左右に独立した分離脳であり左脳・右脳の連絡は乏しいというのも、面白い。
村山氏はイルカの認知能力を長年調べ、図形認識は人間並みだが、色彩認識は弱いことや、物と記号の認識も訓練で出来ること、自己認識もあるなど証明していく。その上20年にわたる「言葉を理解させる」という試みを、ナックというシロイルカで行い、名前を呼んでくれるところまで来た。
 今後どこまで、人間語を理解・習得できるかは課題だが、逆に人間言語とイルカ言語の違いを明確にしたとも言える。ナックは物を見せ対応する記号を選ぶ記号選択はできたが、その逆の記号から物を選ぶ物選択は苦手である。音で物識別はできる。だが概念の差異の体系である人間言語のコミュニケーションは、無理だろう。サインにたいする長期記憶能力の利用により、かなりの習得は可能かもしれない(講談社ブルーバックス