「泉鏡花を読む」(その2)反戦小説

泉鏡花を読む」(その2)
反戦小説
 鏡花は第一次日中戦争日清戦争、1894年から)を扱った反戦小説をいくつも書いている。太平洋戦争(第二次日中戦争)中に刊行された「鏡花全集」には、これらの作品は収録されていない。愛国心という集団心理への嫌悪感、軍人の酷薄さへの反感、中国人女性への輪姦や殺害が、異議申し立てのように描かれているから、昭和期では発禁になっていただろう。
 『海城発電』は、中国軍に捕虜になり帰還した赤十字の看護員が、日本軍人にある屋敷に拉致され尋問される。中国軍の情報を教えろとか、負傷した中国人を看護し感謝状を貰ったのは敵と内通だと激しく責められる。看護員はあくまで赤十字の看護の義務であり、軍事探偵は職務ではないと突っぱねる。軍人らは国賊だと、かつてこの看護員が助けた中国人の娘を連れてきて責めるが、看護員は冷静に拒否する。軍人らは娘を輪姦し殺害する。それをみて。英国報道記者がロンドンに海城発の記事電報を送る。日本軍隊の残酷さが日清戦争の時に、すでに鏡花により書かれていた。
 『琵琶伝』は、親の約束で好きな男がいるのに陸軍将校と結婚させられ、その将校は嫉妬で妻を軟禁する。男はいつも娘の名前を呼ぶ鸚鵡(名前を琵琶という)を飼う。戦争が始まるというので入営する日、好きだった娘に会いに行くが、将校の命令で軟禁され会おうと何日も家の周りにいるうちに入営日がすぎ、脱走兵にされてしまう。家に押し入った時、警護していた人をあやめ、将校にとらわれ、妻の面前で銃殺にされてしまう。妻は夫の喉を噛み切り、夫は妻を銃で射殺するという鏡花の劇画的血みどろな終わりだ。鏡花は軍人の酷薄さをこれまでもかと描く。
 『凱旋祭』『予備兵』は、愛国心に集団で参加しない人に対して、非国民と非難し暴力やヘイトスピーチをする集団の醜さを描いている。日清戦争当時の鏡花の地元・金沢が場面になっている。『凱旋祭』は中国兵の生首提灯や、巨象やトラや巨蛇が練り歩く不気味さであり、熱狂の群衆に踏み殺された戦死した少尉夫人の受難が哀れさを誘う。
鏡花は自由民権運動の闘士でもないし、社会主義者でもない。だがこれらの反戦小説には、虐げられた者の受難(美女受難)と、力と権威をもち、またはそれに追随した人々の愛国心の傲慢さに嫌悪をもっていたことは確かだと思う。(「外科室・海城発電」岩波文庫、「泉鏡花集成」ちくま文庫1、2巻)