林浩平『ブリティッシュ・ロック』

林浩平『ブリティッシュ・ロック』

 1960年代以降にイギリスで誕生したロックは「ブリティッシュ・ロック」といわれ、70年代に世界を席巻した。ビートルズから、ローリング・ストーンズピンク・フロイド、キング・クリムソンなどは、多くの信者を熱狂させた。林氏は、その歴史をたどり、音楽だけでなく、ライフスタイルから詩的歌詞、ジャケットのアートまでも辿る。エイトビートの絶対性、ドラムとエレキギターと、叫ぶヴォーカルに何故若者が陶酔していったかを描こうとしている。林氏はロックの革命性はいまや滅びつつあるという認識である。マッカートニーやフーがロンドン五輪開会式で演奏し、ギルモアは勲章を貰い、ローリング・ストーンズはすでに70歳でセレブになってしまった。
 林氏の本の面白さは、ロックという哲学思想や、霊性を拓く神秘思想という視点からブリティッシュ・ロックを考察していることである。ニーチェショーペンハウアーの音楽観から、「ディオニュソス的陶酔」の反抗と悲劇の「意志」の哲学を土台としてロックが考えられている。そこからハイデッカーの現存在の「気分」の「開かれ」を、「声」で自己表出する思想が導き出される。それがイタリアの思想家アガンベンの「声」の「開かれ」の思想に繋がっていく。
 神秘思想とロックでも、クロウリー思想とジミー・ペイジの関係や、グルジエフ思想とロバート・フリップの影響が述べられ、スピリチュアル志向のロックがシュタイナーの音楽論とつなげられている。ドラックとのかかわりもこうした霊的志向から来ているのかもしれない。私は林氏の本を読みながら、衰退しているロックの、夕暮れになって飛ぶ「ミネルバのふくろう」としての本かもしれないと思った。
 だが林氏はロックの未来形も書いていて、「声」の持つ霊的パワーの未開拓の可能性や、ブライアン・イーノの音楽や、キース・ティベットのジャズの方向などを示唆している。若者の「生の哲学」であったロックは、デジタル・テクノロジー時代に、どう再生していくのだろうか。(講談社選書メチエ