小山真人『富士山』

小山真人『富士山』

 信仰の対象と文化の源泉として世界文化遺産に富士山が決まり、登山者も増えている。だが自然遺産としての富士山がなおざりにされているという危機感をもった火山学者・小山氏の本は、富士山の形成史から説き起こしながら、富士山の風景論にもなっている。富士山は歴史時代に入ってからも2度の大爆発をし、いまも荒々しく生きて動いている若々しい活火山である。見かけの美しさと、原始自然の野生をもつ二重性の「魔の山」でもある。私が小山氏の本から学んだ点を上げてみよう。
 ①富士山の前進の古富士山が生まれたのは約10万年前と若い。驚くことに富士山の下には複数の火山が埋もれている。先小御岳火山、小御岳火山、古富士火山新富士火山の4階建てであり、1万年前には古と新富士山というツインピークスだった。
 ②文字記録の残る歴史時代に入っても10回の噴火が起き、二大噴火は貞観噴火(864年この少し前に東日本大震災で注目された貞観地震津波が起きている)と宝永噴火(1708年)で、小山氏の本で詳しく書かれていて、その爪痕の景観が今も残っている。富士山には側火山の噴火が多い。宝永山もその一つに過ぎない。貞観噴火では「せのうみ」という湖を溶岩が分断し本栖湖精進湖ができ、溶岩流の上に後の青木ヶ原樹海が生まれた。
 ③富士山は山体崩落という麓に向かい一気に崩れ落ちる「岩屑なだれ」が激しい火山の一つだ。12回の三体崩落が観測され、5000年に一度生じている。最新のものは、「御殿場岩屑なだれ」で18億立方メートルの土砂が土石流となり崩れた。富士山頂西側の「大沢崩れ」は、地下水による浸食で、年間20万立方メートルの土砂が崩れている。麓には大沢扇状地ができていく。「白糸の滝」「音止の滝」は溶岩が削られ後退している。小山氏は、大沢崩れの土砂から滝を護ったのは、活断層の活動と砂防対策工事だとした上で、観光開発で地下水脈が断たれる恐れもあり、富士山の自然保全のためにジオパーク化を主張している。
 小山氏の本で、私は太宰治の妻の父が、富士山研究の山梨在住の地質学者石原初太郎と知った。「富嶽百景」や娘の津島祐子「火の山」などの小説の基盤は、そこにあったのかと思う。この本は、富士登山の道案内としても優れており、小山氏は富士登山のリスクを、地震、噴火、落石、土砂災害、気象災害、高山病などから分析していて役に立つ。(岩波新書