大川玲子『イスラーム化する世界』

大川玲子『イスラーム化する世界』

 イスラーム教では、聖典クルアーンコーラン)』の解釈は、ウラマーという宗教学者が権威をもち、伝承主義に基づき厳密にされてきた。この伝承主義にたいして、さらに原初のクルアーンを教条的に解釈する「原理主義」がある。同時にグローバル化により現代の視点から近代的解釈しようとするイスラーム少数派が出てきている。エジプト・カイロ大学のアブー・サイドは、クルアーンには解釈者が不可欠で、理性を用い、伝承主義でなく「個人見解」の現代解釈が必要と主張し、1996年背教者と攻撃され、オランダに亡命した。大川氏は、この本でグローバル化の現代に「個人見解」をもとにクルアーン解釈を打ち出している少数派の学者4人を紹介していて興味深い。
 アフリカ系アメリカ人女性・アミナ・ワドゥードは、男女平等の視点からクルアーン解釈を行い、男性中心・アラブ中心主義を批判している。その本はアラブ首長国連邦では発禁になったという。一夫多妻制や男性権威という家父長的伝承の否定を、いかにクルアーンの解釈から導き出すかを大川氏は綿密に追っている。
 南アフリカの人種差別と戦ったインド系ムスリムのファリド・イサクは、他者(キリスト教ユダヤ教など)との共存をクルアーンのなかに読み取ろうとする解釈を打ち立てている。大川氏によるとイサクは神の啓示による「啓典の民」の共通性を読み取り、「他者を認めない傲慢な者」を不信仰者としているという。イサクは言語分析に井筒俊彦の影響があるともいう。
 ジャマイカ生まれのピラール・フィリップスは伝統的なクルアーン解釈の継承がグローバルな普遍化のなかでどうするかを考察し、トルコのギュレンは西洋社会との協調のため、自己を律し、他宗教と対話し、エゴを殺し、いかに生きるかという内的意味を重視し、市民運動家としての解釈を論じている。大川氏はこの4人の共通性を、マイノリティ・ムスリムで個人を重視しつつ、英語で発信し、行動がグローバルだという。そういえばギュレンは東日本大震災に救援活動をおこなった。この近代的解釈者が多様社会で存続していけば、キリスト教プロテスタンティズムの役割をするかもしれないと読んでいておもった。(平凡社新書