月村太郎『民族紛争』

月村太郎『民族紛争』

 1989年から2009年にかけて国際社会において、武力紛争は130件起こっている。そのうち国家間戦争は8件に過ぎず、民族紛争など非国家アクター同士がほとんどという。月村氏は民族いう文化的共同体の紛争6事例を取り上げている。スリランカクロアチアボスニアルワンダナゴルノ・カラバフキプロスコソヴォである。どのように発生し成長するのかから、紛争の終了から多民族社会の再建まで考察しているのが、この本の特徴である。この6事例は解決されたか「凍結」された民族紛争であり、パレスチナ紛争やマリ紛争、グルジアアブハジアイラクアフガニスタンのホットな民族紛争は取り上げられていない。
 スリランカは、シンハラ人とタミル人の言語紛争から始まった民族紛争は、「タミール・イラム解放の虎」のテロ活動から始まり第4次イーラム戦争が戦わされ、27年間続き2007年スリランカ政府軍(シンハラ人)が殲滅作戦に勝利し終結になった。月村氏はその経過を綿密にたどり、なぜ紛争が発生し、激化し、長期化し、殲滅という悲劇で終結したかを考察していて興味深い。終結後の現在も政府軍がタミル人市民に行った非人道行為や、タミル人居住の北部州や東部州の復興の停滞を指摘している。
 民族紛争の最大の問題は民族浄化によるジェノサイドだろう。ボスニアコソヴォもそうだが、アフリカのルワンダ紛争は大量の難民や虐殺を引き起こしている。フトゥ人とトゥチ人は、最初は社会階層的だったのが、第一次世界大戦後ベルギー統治時代に民族的なものに転化されたと月村氏はいう。1990年亡命トゥチ人のルワンダ愛国戦線がウガンダから進入し、これに対しフトゥ民族主義が急進化する。1994年大統領が暗殺され、虐殺が始まり、トゥチ人など100万人近い人々が虐殺されたという。その後ルワンダ愛国戦線が全土制圧し、経済成長したが、今も難民とジェノサイドの刑事裁判は続く。2007年フランス司法当局は、現大統領と側近を1994年の大統領暗殺犯とした事に対し、ルワンダはフランスと断交した。
 月村氏は民族紛争の予防として、連邦制、文化的自治、多極共存制を挙げている。いずれにしろ問題は民族的多数派と他民族少数派をいかに公正に融和させるかが問題である。多数決による民主主義は、少数民族の抑圧になり、少数民族の暴力化を招きやすい。国家による「国民化」といっても、少数民族の格差・差別が社会にあれば紛争が生じるだろう。私は、同民族への隣国などの干渉を排除し、異民族共生のための相互の歴史認識の教育、憎しみの記憶への謝罪や、国連など国際的平和活動の強化や国際刑事裁判所の拡大しかないと思われる。それは日中や日韓の歴史認識の問題とも同次元の問題に繋がる。多民族主義とは自民族の意識変革がなければ意味がない。拙著『民族問題とは何か』(朝日新聞社)を参考にしてくれれば、幸いである。(岩波新書