秋田茂『イギリス帝国の歴史』

秋田茂『イギリス帝国の歴史』

 いま世界経済システムは、環大西洋圏からアジア太平洋圏に移りつつある。歴史研究でも世界の諸地域の比較や関係性を重視する新たな「グローバルヒストリー」が注目されている。秋田氏はその視点でイギリス帝国の長期の18世紀、19世紀、20世紀を描こうとしている。イギリス帝国は国家を超えて、地球規模で経済力、軍事力、文化力に影響を及ぼした「ヘゲモニー(覇権)国家」であった。それに英領インドに代表される従属植民地を保有していたから、現代のアメリカ合衆国とは違うと秋田氏は見る、従来の世界史では把握しきれない貿易や金融の相互性に重点を置いているのが、秋田氏の特徴である。いま経済発展著しいタタ財閥を含むインドとイギリスのビジネス関係や、ロンドン・シティの金融資本主義から話が始められていてわかりやすい。
 イギリス帝国の起源を「長期の18世紀」に置き、環大西洋世界と東インドとの両軸から考察しようと秋田氏はしている。イギリスーアフリカー西インド諸島の奴隷を主商品とする三角貿易と、イギリスーインドー中国の綿糸や茶とアヘンの三角貿易がイギリス帝国を作り出したという。私が面白かったのは、産業革命奴隷貿易と綿花需要による綿工業発展のきっかけという「ウイリアムズ・テーゼ」と、アジア物産の輸入代替工業化が産業革命の発端という2点をあげて、地球規模の貿易ネットワークとヒトの移動というグローバルヒストリーから産業革命を解こうとしている点だ。ウオーラスティンの世界システム論とも通底する。
 19世紀中葉には「自由貿易帝国主義」による帝国の拡張が行われ、英領インド獲得やアヘン戦争で香港割譲になる。それにより、アジア間貿易も盛んになる。秋田氏は、ジェントルマン資本主義をシティの金融力の支配という金融資本の面を強調して分析している。「世界の工場」から「世界の銀行家・手形交換所」への道である。インドなどの「植民地工業化」や、「アジアの商人のネットワーク化、アジア地域間貿易」というある程度のアジアの自立性が、イギリス帝国をして現地勢力の妥協と協力を余儀なくさせていく。それが20世紀中葉の脱植民地化とコモンウェールスの帝国の終焉につながって行くと説かれている。2013年度の読売・吉野作造賞を受賞した力作である。(中公新書