三木成夫『内蔵とこころ』

三木成夫『内臓とこころ』

 三木氏は「個体発生は宗族(系統)発生を繰り返す」という事実を、胎児の世界のなかに見た。胎内にみる4億年前の世界で、受胎1ヵ月で、小豆大からソラマメ大に成長するが、顔面の首筋に刻み込まれたエラの魚類を思わせるものが、両生類、爬虫類を得て、哺乳類に劇的に変化する。その際、古生代の海の生活の月による「潮汐リズム」が、地上上陸による太陽の「日リズム」に交代し、人間の生命のバイオリズムの両面性ができる。この矛盾が夜型人間や不眠性を発生させるという。
この本の面白さは、体の外側の手足や感覚器官と脳の「体壁系」に対し、はらわたといわれる体の内部の胃腸、心臓の「内臓系」の重視であり、「こころ」とは内蔵された宇宙のリズムだとしている点である。口舌や喉頭など言葉を作り出す器官を魚類のエラから説明し、腸の先端とする。口腔感覚は内臓感覚であり、食と性の内臓感覚は小宇宙のリズムと見る。三木氏はそれを専門の解剖学・医学から分析していくが、自らの育児体験を含め、幼児の1歳から3歳の保育から論じている。
 内臓と心臓の重要性は、「こころ」が脳でなく内臓で作られていく過程を読んでいると、やはり「脳死」は間違いで「心臓死」が人間の死だと、私は思ってしまう。唯脳論への批判がある。育児論としても役に立つ。満1歳の「指差し」や「立ち上がり」、満2歳の言葉の獲得は、豊かな内臓の感受性から生じるという指摘、おねしょ、おっぱい、空腹感も内臓感覚から取り上げられている。三歳児のこころへの「自己」の発生も内臓波動から説明されている。三木氏の考えは、体壁系の脳と内臓系は連動しているのは当然とも見ていて、唯内臓論ではない。(河出文庫