坂井建雄『腎臓のはなし』

坂井建雄『腎臓のはなし』

人間の生命は、自己組織化による内部環境の恒常性(ホメオスタシス)が必要である。腎臓はわずか130グラムのソラマメ状の臓器だが、寡黙だけれど細胞外液の量と成分を調節して内部環境を一定に保つ。坂井氏は尿がいかに血液から作られ、排泄されるかの意味論から書いていて面白い。腎臓の構造と機能を解剖学者らしい精緻な筆致で綿密に書かれていて、少々難しいところもある。だが腎臓の内部が糸球体という毛細血管の糸玉と、そこからぐねぐねと走る尿細管で、血液から尿を濾過し、さらに尿細管で再吸収するかの仕組みは、読んでいると、その精巧さと複雑さは、私には脳細胞に匹敵するように思えてくる。
この本の特徴は、医学的構造と機能だけでなく、脊椎動物が進化の過程で多くのエネルギーを利用して運動する哺乳類が、高い血圧と多くの血液供給で腎臓をいかに活用出来てきたかの歴史を辿っていることである。もう一つ医学の歴史で、腎臓がどう解明されてきたかを取り上げていることである。17−18世紀に顕微鏡で糸球体が発見され、19世紀に光学顕微鏡で尿細管の機能が見いだされ、20世紀後半には電子顕微鏡で糸球体のフィルターの働きがわかってくる。腎臓の糸球体の繊細な構造と、高い圧力による濾過を両立させるバランスが発見されてくる、最近のことだとわかる。
日本では慢性腎疾患は1300万人、人工透析を必要とする患者は30万人という。糸球体は再生できず、老化とともに少しずつ壊れていく。これも脳細胞に似ている。悪化すれば腎不全になる。坂井氏は慢性腎不全と生活習慣病の関連を強調している。腎臓病は恐ろしいが、いかに長持ちさせるかの方法も書かれている。(中公新書)