中川淳司『WTO』

中川淳司『WTO
 WTO世界貿易機関のことで、今から18年前の1995年に設立された。世界158国が加盟している。国際自由貿易のための関税切り下げなどの多角的貿易交渉のグローバルな機関だが、2008年のリーマンショック以来、排他的な二国間や地域間の貿易協定が蔓延(223も締結)され、主要国では貿易制限など保護主義が台頭し、WTOは行き詰まりの状態である。中川氏は多国間の貿易に、保護主義に抗してWTOの再活性化を主張している。クロバリゼーションの弊害を克服し、世界自由貿易の確立をいかに行うかが考察され、読み応えがある。
この本は第二次世界大戦後のガットからWTOまでの歴史を綿密に辿っている。この歴史を読むと、いかに先進国と後発国との矛盾、農産物と非農産物の関税引き下げの矛盾、貿易摩擦知的所有権やサービス貿易自由化、紛争解決などWTOが、貿易規律を作るため苦闘してきたがわかる。だが中国も加盟して2002年から始まったドーハ開発アジェンダは難航し現在もまとまらず、二国間や地域の自由貿易協定が増加してしまった。中川氏は、この理由を投資の自由化への要請や、従来の生産や消費の国際分業から、生産工程を含む生産ネットワークの国際化を挙げているのは注目される。
私が記憶にあるのは、1999年シアトル閣僚会議に、NGOや労働団体など市民運動が、世界規模の市場自由化が、環境破壊や雇用・所得格差、南北格差、食品安全不安などを起こしているとして、WTOを標的とした反グロバリゼーションのデモを行い、多くの逮捕者を出したことである。中川氏は、「WTO市民社会」でこの問題を取り上げており、環境破壊や食の安全、雇用と労働条件に関しての価値も、貿易自由化と両立する方向を打ち出していると指摘している。ただしあくまでも貿易自由化を目的としているため、過度の貿易制限は認めていない。そのため、ユーロの成長ホルモン投与牛の輸入禁止など摩擦が起こっている。日本の米国産牛肉輸入規制もWTO協定があったから出来た。
保護主義台頭で世界大戦が起きた歴史の反省を踏まえて設立されたWTOは、数々の問題を含むが、やはり国際化のなかで再活性化される必要があるという中川氏の主張は納得できる。南の途上国にたいする特別の配慮も二国間や地域貿易協定では出来ないことである。(岩波新書