『ギリシア悲劇Ⅱ ソポクレス』

ギリシア悲劇Ⅱ ソポクレス』
 ソポクレスといえば『オイディプス王』だろう。だが私はその娘アンティゴネが最大のヒロインだと思う。比較文学の大家ジョージ・スタイナーは『アンティゴネの変貌』(みすず書房)で、ヨーロッパ文化に甚大な影響を与えたと大部な本を書いている。シモーヌ・ヴェーユは、孤独や悲惨や屈辱や不正の重みに、たった一人で闘う勇敢で誇り高い存在だと指摘している。(『ギリシアの泉』みすず書房
 『コロノスのオイディプス
テーバイ王オイディプスは、知らずして運命で父を殺し、母と結婚し二男二女をもうける。だが国に災害など不幸が続くため、予言者からその過去の行動を知らされ、悔いて両目を抉り盲目になり、諸国を放浪する。息子はそれを黙認するが、娘アンティゴネだけが、廃王を支持し世話をしながら放浪する。この劇は二人がアテネの郊外に到着してから、廃王の死までを描く。
 私はこの劇を読みながら、シエイクスピアの『リア王』を感じていた。老いて死を控え、王国をついた息子たちの無情を呪詛し滅亡を願いながら、その運命で虐げられた姿など似た舞台である。だがリア王の娘コーデリアの弱さに比べ、アンティゴネの強さが輝く。虐げられた弱者への愛情と世間に抗して闘い、最後まで父王の介護をする。男性の暴力(叔父クレオン)にも屈しないフェミニズムとも言うべき女性の地位の誇りを持つ。他方オイディプスは罪の意識はなく、運命のせいにするのはギリシア的だ。まだキリスト教以前である。ただコロスはこう歌う。
 「長い日は多くのことを喜びよりも苦しみに近づけ、長生きした者には、楽しみはどこにも見当たらない。青春が軽薄な愚行とともに過ぎ去れば、かの憎むべき、力なき、無慈悲な、友なき老年がついに彼を自分のものとし、禍が彼に宿る」この劇は「リア王」とともに老年の悲劇でもある。
アンティゴネ
オイディプスの死後息子2人は王位を得ようと戦い、両者とも戦場で相打ちで戦死する。帰国した妹アンティゴネは、王位を就いた叔父クレオンが、長兄は外敵を導入したとして死体を埋葬せず、野ざらしにし鷲や野鳥に啄ばませる布令をだす。アンティゴネは人道に悖ると「たった一人の反乱」を起こす。クレオン王との対決は劇的スリルがある。そこにはスタイナーが指摘するように「男と女、若者と老人、個人と国家、生者と死者、人間と神々」の対立が火花を散らしている。
 アンテイゴネは岩窟に閉じ込められ首を吊って自殺する。日本ではアンティゴネに当たるたった一人の反乱は、男神スサノウであり、それに対立し岩窟に籠った女神・天照大神は、共同体の支持によって「笑い」で解放される。男女は逆転しているがスサノウもアンティゴネも、共同体から支持されない孤独の反抗にあると思う。アンティゴネに私は、フェミニズムと、弱者を守ろうとする英雄的個人主義を感じた。だが、この劇の最大の悲劇の主人公は独裁王クレオンなのである。この結果息子と妻に自殺されるのだから。(ちくま書房、呉茂一、高津春繁ら訳)