杉田敦『政治的思考』

杉田敦『政治的思考』
 杉田氏は、民主政治における政治的思考を、政治家に要求するだけでなく、有権者自身がどう考えを深めるかという視点で書いていて、これまでの政治学の常識を破ろうと試みている。政治は様々な価値観にかかわるもので、多様な価値観の調整が政治だという。政治には唯一の正しい答はないとも。政治的思考には他の人との間の距離感覚が必要で、国民同質性をとらず、異文化との「間合い」のセンスを重要と考えている。政治は複雑で先を見通せない不透明な世界だから、手探りの作業になるという。
 この視点で、決定、代表、討議、権力、自由、社会、限界、距離の大テーマが論じられていく。それぞれに政治的常識を疑う姿勢があって、面白い。「決定」では誰が、いつ、なにを、どのようにきめるかが検討され、強いリーダーの決断主義よりも、決めることは捨てることでもあるとし、十分な議論の方が必要で、政治のスピードアップというのは政治の否定につながると見る。「代表」では代表の必要性を演劇的働きに求め、その俳優同士のセリフのような論戦で、それを見て、有権者は自らの民意を形成していくためにあるという刺激的な主張をしている。意見の複数性、争点の多様性、情勢変化で「演劇としての代表制」は必要と考えている。
 「権力」に関しても支配・強制という面と、有権者の生活権を守るという二面性があり、支配権力も有権者の同意があるから、権力=悪という立場をとらない。私が興味深かったのは、杉田氏がポピュリズムを、多数派にとって不都合な問題をすべて外部原因に求め、真の問題解決を避ける政治としていることである。
 「自由」についても権力対自由をとらず、市場の自由や市民社会の自由にも批判的であり、「抵抗としての自由」を重視し、「未完の自由」ということを提案している。「限界」では、政治の全面化に懐疑的で、政治に歯止めをかけるための制度の必要を主張している。官僚制については、有権者と官僚とは相互関係にあり、民意を反映した官僚制と「共犯関係」にあり、政治家と官僚は「自己内対話」による関係が重要と杉田氏は考えている。杉田氏の考えは、現実主義的であるとともに、有権者の意識変革の大切さを、政治的思考の基本と考えていることから、変革主義でもある。政治は、有権者の政治的思考に再び帰ってくる。(再帰性)を持つから、恐ろしいのである。この円環性からは脱出できない。(岩波新書