パルバース『賢治からあなたへ』

ロジャー・パルバース『賢治からあなたへ』
 宮沢賢治の英訳者で第18回賢治賞を貰ったアメリカ人劇作家パルバースの賢治論である。20世紀日本が戦争に走っていった時代に、賢治は日本の位置やアイデンティティーに関わろうとせず、再評価されたのは、自然災害や地球環境破壊の21世紀になってからである。パルバースのこの本も、「世界のすべてはつながっている」という思想と、生物から水や風、空気、土、川、海の自然の尊厳と、自然を破壊すれば人間も滅ぶという思想に重点を置いて書かれている。ハルバースは「あなたがいまここにいる意味と役割は無限である」というメッセージを賢治から読み取っている。
 ハルバースは賢治が持っていた仏教的宇宙論をカッコにいれて、「春と修羅」詩集などでかかれた「私たちの感情や行動は、心でなく、脳の神経細胞の働きから生まれる」を重視し、賢治は実際に自然に触れ、脳の五感で世界を理解しょうとしたという。確かに、賢治は天文学、鉱物学、生物学、生態学、農学、化学などの自然科学的世界観の持ち主であった。理想主義でなく、科学認識を基とした賢治的リアリズムの持ち主であった。だが、そこから、生物から無生物の連鎖と、自然尊厳思想、「つながり」の道徳観はでてこなかったのではなかろううか。やはり仏教的宇宙観が根底にあり、それと西欧近代科学との融合したのだと、私は思う。
 この本が良いのは、パルバースが賢治についての考えを述べた後に、作品原文が後に掲載されていて、時には英訳もあることだ。例えば「すべてのものは、おたがいにつながっている」では「インドラの網」が、動物にも尊厳があるでは「フランドン農学校の豚」が、「自然を破壊すれば、滅ぶのは人間である」では「風景とオルゴール」がという具合である。
 私がこの本で学んだことは、賢治が「過去」だけでなく、「未来」も「現在」に埋もれており、水や光、風に未来のメッセージが含まれているから、、過去も未来も現在を生きる私たちの責任であるというパルバースの解釈である。動物や植物にも、人間と同じような魂があるとか、自然から道徳を学べとか、自分と他人のなかにある悪を抱きしめよ(「虔十公園林」)などは、いまも賢治の詩的散文とともに、21世紀の課題になってくるだろう。(集英社インターナショナル、森本奈理訳)