ブレイスウェイト『魚は痛みを感じるのか?』

ブレィスウェイト『魚は痛みを感じるのか?』
 魚は鳥類や哺乳類のように痛みを感じるのかという研究が遅れていたが、女性魚類生物学者ブレィスウェイトは様々な実験や研究資料を使って痛みがあると実証している。この本は痛みとは何かや、生物の苦痛はどう生じるかを考察しており、、他者の苦しみに共感する人間の問題を動物にまで拡張したとともに、生物としての人間の緩和ケアなどの原点としても読める。今まで魚の苦痛を感じる研究がおくれていたが、20世紀には入り、釣り人口の増大、漁業の乱獲、養殖場の産業化、水族館の巨大化などで、「魚の福祉」の必要性が大きくなったためとも考えられる。
 痛みは単一のプロセスでなく、一連の出来事が集まったものである。皮膚など細胞組織へのダメージは侵害受容として無意識の情報となり、特化した神経繊維のなかで電気信号として伝えられ、脊髄に達し反射反応が起こる。ここまでは単純で解明されている。だが、それに続く脳への信号伝達と意識的な痛みの強弱の自己認識である。ブレィスウェイトは鱒の実験で、痛みという情動的経験があることを、魚の神経系から脳の構造と、魚の行動形態の両面から、魚は快苦を経験する能力を備えた生物だと実証している。この実験はなかなか面白い。魚はなかなか賢いのだ。
 ここから、「魚の福祉」の主張になるが、彼女は過激な動物愛護論でないことも好感がもてる。釣り針に掛かった魚の苦しみをいかに軽減するかも中庸論で論じている、養殖でいかに魚のストレスを減らし、美味しい魚に生長させるかの考えもうなずける。ただしトロール漁業の乱獲や魚の大虐殺には批判的である。「動物の権利」はいまや実験動物の規制法まで西欧では行き着いている。生物多様性の取り組みには、こうした地味な研究が必要である。(紀伊國屋書店高橋洋訳)