井手英策『日本財政 転換の指針』

井手英策『日本財政 転換の指針』

 安倍政権によって公共事業費が増え、国債発行額は170兆円を超え、逆に生活保護費は押さえ込まれる。財政再建とはどうすることかを井手氏の本は考えている。井手氏は財政の原因は税収の決定的不足であり、人間の尊厳に対する配慮、社会的信頼の欠如をあげる。
 財政の目的は個人の欲望には還元できない領域、市場で決して満たすことが出来ない領域に目をむけることであるという。個人の尊厳を傷つけず、所得や年齢、性別とは無関係に人間のニーズを満たしていく。井手氏はそれを「ユニバーサリズム」とか、「公共家族」という理念で説いている。
 1970年代から日本の財政は欧州諸国と異なる公共投資偏重型財政をとり、「土建国家」ともいわれた。社会保障拡充の福祉社会の芽があったのだが、何故日本は土建国家に分岐していったのかの分析は鋭い。家族(専業主婦)に依存する日本型福祉社会論による「増税なき財政」が標榜され、日本の保守政治は、社会保障による救済でなく、公共事業に代表される「働く機会の提供」を重視する思想があった。
 さらに土建国家を支えるもう一つの原動力は井手氏によれば、減税による中間層への利益分配だったという。土建国家とは公共投資と減税を中核とした利益配分だった。それは高い経済成長率を前提としていた。増税なき財政が、国債急増に結びつく。土建国家システムは90年代をピークに凋落に向かう。
 2000年代には経済の地殻変動や社会構造の変化が生じてくる。「安心と信頼」の寛容社会が揺らいでくる。増税による社会保障の財政理念が生じてくる。財政は赤字削減、支出の抑制が強まり、限られた資源を奪い合う政治に落ち込んでいく。井手氏は痛税感のない増税のためには、「公共家族」という連帯の受益を強める財政を提案していて興味深い。
 また脱土建国家における公共投資として、既存ストックの維持補修、長寿化対策や再生可能エネルギー促進と、地方が主人公になる公共投資、さらに建設業から福祉産業への転換をも主張している。
 根本はいかに「公正な社会」のための財政再建がおこなわれるかである。人々のニーズがあり、生存保障に関わる領域には,租税を投入し年金や医療、介護の提供をすべての人に保障すれば、増税も連帯社会として公認されていくだろう。(岩波新書