ラブキン『イスラエルとは何か』

ヤコヴ・M・ラブキン『イスラエルとは何か』
スピルバークの映画「ミュンヘン」(2005年)では、テロ首謀者のパレスティナ人をイスラエル人実行部隊が暗殺する。そこにはシオニズムによるイスラエル人工国家建設がメシア主義の理想の達成なのか、西欧的植民地の再来で不毛な反道徳的国家かが問われていた、ラブキン氏は、ナチスユダヤ人虐殺の暴力性がパレスティナ紛争に引き継がれてしまった映画と位置付け「シンドラーのリスト」がユダヤ教徒の物理的存続に焦点を絞ったとすれば、「ミュンヘン」はその同じユダヤ人の道徳的存続を脅かす危険を指摘した映画だと述べている。
ラブキン氏によればイスラエル国家は移住を目的とした最新の植民地国家で、イギリスやフランスなどの植民地と共通する「ヨーロッパ的性格」に根ざしているという。ユダヤ国家としてユダヤ教ではなく「種族」としての民族主義が正当化され、ポスト植民地化の時代に逆行した欧米による中東の再植民地化の期待さえ見られるという。この本ではイスラエルの基盤になっているシオニズムがナチズムと同じ時代、地域で生まれユダヤ民族主義に彩られていて、其れに対しいかに伝統的ユダヤ教が危惧し抵抗してきたかの歴史を書いている。ナチスホロコーストによってパレスティナ侵略は許されないという立場である。ユダヤ教による「イスラエルの約束の地」は、人工国家建設とは違うというユダヤ教からのシオニズムへの批判など根強い抵抗があることを私は始めてこの本で知った。
ナチス大虐殺の「犠牲者感情」が、アラブの暴力による犠牲者感情にすり替えられ、さらにシオニズム国家による永続的戦争状態にまきこまれた犠牲者という逆転がユダヤ共同体に生じてきている指摘も納得できる。建国から世界から移住しできたイスラエルで近年住民流出が増え、EUアメリカのパスポートを取得する人が増えたというのは驚きである。アメリカのパスポートは50万人に達し高学歴層に多いという指摘をラブキン氏はしている。パレルティナ人との共存・共生の「一国家二民族」の未来か、絶滅戦争の未来かの瀬戸際は続いていく。(平凡社新書、管野賢治訳)