高橋英夫『西行』

山家集
高橋英夫西行



西行論は数多くある。小林秀雄吉本隆明白洲正子、小説では辻邦生西行花伝」などが私の本棚には並んでいる。高橋氏の西行論は、西行の「心」に肉迫したもので、生涯から和歌まで、西行伝説から芭蕉への影響まで書かれている好著である。西行の分かりにくさは「心」という「自意識」への執着にあるとは小林秀雄の見方だが、高橋氏は「中間者」に見ようとしている。武家と僧侶の中間、僧になっても平清盛と親しかった西行鎌倉幕府になると、源頼朝を鎌倉に訪ね東大寺再建のため平泉の藤原氏への砂金採取の了承を取り付ける。「心境の澄明と政治的役割の受諾」の両義性。隠遁しても歌僧として全国を旅歩く。「聖」と「俗」の中間は、孤独と「友」を求める中間性にもみられる。思想的にも仏教的「無」と和歌的「美」の両義性もある。
 三夕の歌の無常を歌う西行「心なき身にもあわれは知られけり鴫立つ沢の秋の夕暮れ」と恋歌百十首や「たはぶれ歌」や「地獄絵をみて」を歌う西行。高橋氏は子供の遊びを歌う西行を評価している。「竹馬を杖にもけふはたのむかなわらはあそびを思い出でつつ」「なべてなき黒きほむらの苦しみはよるの思ひのむくいなるべし」もうひとつ高橋氏があげる中間性は、その自然観にある。西行は花鳥風月を歌うが(とくにサクラ)、自然物は写生的・具体的ものとしての自然でなく、「心」と「言葉」(真言)の象徴的自然なのである。写生主義と象徴主義の中間性がある。
「無」と「美」の両義性とその一致は「願はくば花のしたにて春死なんそのきさらぎの望月のころ」にみられ、美しい桜が咲き誇る「美」に自己を無化する死がある、そこに死おいう「無」と美が一致すると高橋氏はいう。とすれば、西行にとって死によって始めて中間性は、無化されるのである。それと芭蕉の句「旅に病んで夢は枯野をかけめぐる」を高橋氏は比較し、死の入り口で駆け巡るのは、存在の収斂点で失われ、芭蕉が定着してきた「静」不変不動は死のなかにはないことになると指摘する。それに反し西行は安息であり終着点である死への収斂があり、西行は「動」、芭蕉は「静」は逆転しているという。面白い見方である。(『山家集』佐々木信綱校訂、岩波文庫、『西行岩波新書