吉岡斉『新版原子力の社会史』

吉岡斉『新版 原子力の社会史』



 日本の原子力開発の社会史である。こうした通史は少ないので貴重な本である。吉岡氏は原子力発電に批判的論者だが、その論調を抑えて極力客観的に科学技術史の基盤から、社会史、政治史、国際関係史、経済史の総合的視点で原子力開発利用の戦後史を書いている。この本の特徴は次の点である。
① 1939年の戦時原爆研究から2011年福島原発事故まで6時期に区分してその発展と停滞を跡付け福島事故を分水嶺と位置づけたことである。この時期区分は目安として便利である。1954年講和後突如「原子力予算」が中曽根康弘議員らから出され、国民的議論もなく原子力平和利用は始まった。吉岡氏によればアメリカの先導で形成された国際原子力体制の枠内で、「電力会社・通産省連合」と「科学技術庁グループ」の「二元体制」という「国策民営」路線で原子力開発は進展したのである。この二元体制は日本独自であり、商業原子炉は「電力会社・通産連合」がアメリカのGEなど軽水原子炉の輸入で進め、「科学技術庁グループ」は国産高速増殖炉や核サイクル事業を担ったが、次第に「電力・通産連合」が優勢になり軽水炉発電の「独立王国」を作り出し、2000年代には一元化されていく。なぜ科学技術庁グループの開発路線が失敗していつたかは現代核技術の限界を示していて重要である。
② 20世紀末から事故・事件が続発し開発低迷の時代にはいる。高速増殖炉もんじゅのナトリウム漏洩事故、動燃東海村再処理工場の火災・爆発事故、JOCウラン加工工場臨界事故、原発原子炉損傷事故が起こった。いずれでも核技術の未熟さを露呈しているが、同時に情報データの捏造・隠蔽が問題になり、この日本的原子力秘密主義は国民の不信を招いてきた。なぜこうした隠蔽体質が原子力にあるのかの追求を吉岡氏は描いている。だが政府は(自民も民主党も)21世紀に入り、原子力ルネサンス原子力立国を掲げた「逆コース」を走り出す。環境負荷が少ないとか「安全神話」を掲げ、電力自由化原発を守るため抑止し、さらにフルパケージ型の原子力発電貿易にまで乗り出す。
③  そこに起こった福島原発事故。「歴史的分水嶺」になると吉岡氏は最終章で様々な視点で描いている。ここから新しい歴史が始まるかどうかは私たちにかかつていることが、この本を読んでよくわかる。(朝日新聞出版)