塚本勝巳『ウナギ大回遊の謎』

塚本勝巳『ウナギ大回遊の謎』


 海洋学者による天然ウナギの産卵場を探して、太平洋マリアナ海溝周辺の広い海で卵や仔魚を発見する学術研究の大発見を記した本だが、私は海洋冒険小説を読むような興奮を覚えた。メルヴィルの小説「白鯨」は獲物として鯨を探し仕留める死闘をえがいているが、塚本氏たちは激減し絶滅もいわれる天然ウナギの資源保存という理想のため大海原を探索するのだ。ウナギは川から何千キロの海を回遊し産卵する謎を今まで解けずにいた。その場所も特定できなかった。その謎がやっと2009年に西マリアナ海嶺でニホンウナギの天然卵が世界初採取されたのである。
 産卵場を求める航海は1973年から東京大学大気海洋研究所の海洋調査船白鳳丸の調査航海から始まっている。最初はウナギの仔魚レプトセファルスの採取から始まり、親魚、天然卵と探していく。広い太平洋で産卵時期を確定し、マリアナの海山周辺に限定して蒐集網だけでなく、潜水艇まで潜らせ探っていく追跡は、エイハブ船長の執念さえ感じてしまう。おまけに天然卵は狭い範囲に濃密な集中分布し、卵は受精後わずか一日半で孵化してしまう。産卵水深も始め推定した深海底より浅い200mほどと分かるまでも苦労があった。2008年から2010年にかけて三隻もの船団がマリアナ沖の産卵場を縦横に調査するくだりは圧巻である。
 この発見で何億年も生きてきたウナギの生態解明が一段と進んだ、ウナギが何処で産卵し、海から川に回遊するかも分かってきた。この発見は海洋学の進展とともに、乱獲や河川環境の悪化、海洋温暖化などで激減し絶滅危惧種の一歩手前のウナギ資源保存に役立つと塚本氏は述べている。台湾、中国、韓国、日本の研究者の連帯も始まり、養殖、人工種苗、河川放流などにも新らたな示唆を与える。読んでよかったと蒲焼が大好物の私は思う。(PHPサイエンス・ワールド新書)