佐野眞一『東電OL症候群』

佐野眞一『東電OL殺人事件』『東電OL症候群』(その二)


 東電女性社員殺人事件で、元被告ネパール人ゴビンダの再審決定の決め手になったのは、殺害現場にあったゴビンダと別の男の体毛と、女性の体内から取られた精液のDNAが一致、第三者(真犯人)がいた可能性が強まったためだ。佐野氏の本でも、ゴビンダが被害女性と一緒に部屋に入り殺したという根拠がないことを、綿密な取材で実証していた。警察・検察の外国人にたいする先入観と状況証拠だけにたよって、ネパール人を犯人に仕立てていく過程が克明に描かれ、佐野氏は足で歩き一つ一つ反証していく。問題は一審の東京地裁で証拠に疑問を呈し無罪にしてからの「司法の闇」である。
 続編の『東電OL症候群』では司法の闇が追及されている。東京地裁の無罪判決で当然ゴビンダは釈放されネパールに強制送還される予定だった。それを検察が再勾留請求を東京高検にだし、一度は却下されたが、二度目に再勾留命令が決定し、2000年に東京高裁から逆転有罪・無期懲役判決が出され、2012年まで収監される悲劇が起こった。検察・警察の面目を保とうとする刑事訴訟法の拡大解釈と外国人差別を、東京高裁は二度目に飲む。佐野氏は何故かをその決定をした裁判官6人の真相を調べていく。再勾留命令決定の1回目も2回目の審議に参画していた裁判官はただ一人・村木保裕判事で、そのあと14歳少女の買春で児童買春・児童ポルノ禁止法違反で逮捕、法曹資格剥奪になる。佐野氏は東電OL渡辺泰子と同年代の判事が、東電OLと同じキャリアで上昇志向が強く、真面目で勉強好きでストレスを溜めていかに「堕落」していったかを対比しながら描き出している。一人は買春、一人は売春。
 さらに再勾留を決定した東京高裁第四刑事部長が控訴審の裁判長になる。この高木裁判長は、再審で冤罪になった足利事件の菅谷利和氏の無期懲役を決定した控訴審の裁判長であり、被差別部落民の石川被告の狭山事件の再審請求棄却を決定した裁判長だったのは驚く。検察との癒着、少数者や弱者への強い弾劾。何故かを調べていく佐野氏の筆鋒は鋭い。高木判事はかつて左翼といわれた青年法律家協会(青法協)に若いとき属し、左遷旋風が吹くと脱会した経歴の持ち主である。佐野氏は高木判事の一連の判決を見ると、そのときの負い目を必死で払拭するアリバイづくりが検察官の意向にあわせようとしていると推測している。この本は東電OL、外国人労働者、そして司法の闇をさぐりながら終わっている。松本清張の「日本の黒い霧」を読んでいるような気がした。(どちらも新潮文庫