佐野眞一『東電OL殺人事件』

佐野眞一『東電OL殺人事件』『東電OL症候群』(その一)

 2012年6月7日東京高裁は、東電女性社員殺害事件で無期懲役服役中の元被告ゴビンダ・プラサド・マイナリの再審開始と刑執行停止を決定し、ゴビンダを釈放、その後自国ネパールに帰国となった。佐野氏のこの本は事件発生後の1997年の3年後にノンフィクションとして書かれ、ゴビンダの無罪と冤罪を克明に描いた傑作で、その真実が証明された貴重な本である。私はこの本を読みながら、20世紀初頭フランスを揺るがしたユダヤ人将校ドレフュスがドイツに軍事機密を漏らしたとして無期懲役になった冤罪を、作家ゾラが弾劾し、別の犯人を示唆し無罪を勝ち取ったドレフュス事件を連想した。人種差別の闇、司法・検察・警察の闇、東電の闇、女性エリート社員の心の闇を描いた先見性のある書である。東電福島原発事故大飯原発再稼動(再審決定の翌日)の陰画のような闇の事件さえ私にはこの本のなかに読み取れるのは、牽強付会の読み方だろうか。原発事故で東電批判がでなければ果たして再審されたのか疑ってしまう。日本社会の「堕落」(坂口安吾的)が読み取れる素晴らしい本である。
 佐野氏のノンフィクションにおける手法の一つは、事件の深層に達するために「土地」を歩きその場所を掘り返し「心」の闇をも読み取ろうとする点にある。事件現場の渋谷・円山町から被害者の住んだ杉並・西永福、ゴビンダの勤務先の幕張、祖国ネパール・カトマンズ、生まれたイラムまで取材に歩く。被害者東電OL渡辺泰子が売春していくの心の闇、出稼ぎ外国人労働者ゴビンダの差別社会でのセックスまで含めた心の闇が「土地」と共鳴して描かれていく迫力は凄い。冒頭東電OLが殺害された渋谷・円山町のラブホテル街が、戦後「電力は国家なり」で電源開発の御母衣ダム建設のため水没した飛騨の人々が移住しホテル街になったことや、そこのアパートにネパール人移住労働者が数人住んでいて、そこでゴビンダと渡辺泰子がセックスで出会っていく記述は暗示的である。1980年201人採用(女性9人)の東電に入社し、経済産業省など政界関連分析を担当し、経済調査室副長まれなった慶応大学経済学部卒で「家系収支構造の変化」など論文を書き消費税導入後の制度改革を論じ、父親も東電の要職まで上り詰めた二代東電キャリアがなぜ売春していったかの心の闇に迫ろうとしている。「聖なる父」コンプレックスや男女雇用均等法以後の女性解放が規格化・画一化への自己監視になり、東電内の競争社会が人間性回復を求めて自己処罰的な堕落に到り、一日4人の客を取る目標の売春まで堕ちていったかを多摩丘陵の渡辺家の墓地まで追跡し、同感をもって描いていくのには感銘した。他方ゴビンダがネパールでの生育や生活など家族へのルポも迫力があった。(どちらも新潮文庫