川島浩平『人種とスポーツ』

川島浩平『人種とスポーツ』

 魅力的なテーマである。確かにオリンピック陸上100m決勝で登場した選手56人は、ここ30年で総て「黒人」である。2012年現在陸上世界記録保持者は100mボルトからマラソン・マカウまで13種目ほとんど「黒人」が持っている。そこで出てくるのが黒人身体能力の生まれつき優れているという生得説である。川島氏はこうした神話を歴史的、文化的、環境的要因を詳しく分析し、そうした単純なものではないことを、この本で示そうとしている。同時にアメリカ黒人スポーツの歴史になっていて面白い。
 アメリカでは南北戦争以降20世紀初頭まで人種分離体制で黒人アスリートは「劣った人種」不可視な存在で稀だった。それでも初の黒人ヘビー級チャンプ・J・ジョンソンや史上最強騎手マーフィーがでていた、1930年代に入ると黒人のためのスポーツ施設の整備や新興産業としてのプロスポーツ実力主義で黒人選手が次第に出始めた。だが白人至上主義(北方人種優越)は強くかった。皮肉なことにナチ・ヒットラー時代に陸上でオーエンス、ヘビー級拳闘でJ・ルイスがドイツ人を破ことで、アメリカで黒人身体能力優秀説が出てくる。第二次世界大戦が黒人スポーツを人種差別から解放に向かうきつかけになり、その代表が野球メジャーリーグのロビンソン選手だった。野球から始まった人種統合はバスケット、アメフトの三大スポーツにも広がる。ゴルフ、テニス、水泳の「壁」はあつたが。この歴史を川島氏は差別と統合を軸に丁寧にたどっていく。
 陸上に対してなぜ水泳では黒人は苦手なのかも、生得説でなく歴史的、文化的、環境的要因で裏づけようとしている。人類学の研究では西アフリカでは驚異的な泳力、泳法、肺活量で水泳・潜水でも能力があるという研究結果もある。川島氏は「黒人」という曖昧な人種概念にも疑問を呈し、アフリカは地球上で他の地域よい多様な遺伝子を持つと考え、長距離王国ケニアでも高地リフトバレーのナンディというエスニック集団出身者が大部分で、その強さの秘密を通学歩行距離の長さや、牛の強奪での走行の習慣、強い自意識などの歴史文化的要因に帰している。またカリブ海の隣接したジャマイカが陸上王国、ドミニカが野球王国なのも「黒人身体能力生得説」だけでは説明できないとしている。私は遺伝的要因と歴史・文化・環境要因の複合というのが納得いく説明だとおもうが、遺伝的要因はこの本では十分に触れられていないのが残念である。(中公新書