小林忠『江戸の絵を読む』

小林忠『江戸の絵を読む』 
 
浮世絵師鈴木春信の『雪中相合傘』は、私が好きな絵だ。小林氏は、春信の絵画世界は主題の見立や図柄の借用など、本歌取りの趣向が幾重にも重ねられており、その謎をとけば多義的・多重的な絵の読みが楽しめるという。この本は江戸絵画の多様性や多義性を読もうとしている。風俗画、美人画、風景画、花鳥画など主題も多様なら、中国風の文人画、西洋風の風景画、大和絵風の風俗画など画風も多様であり、江戸絵画の豊饒性を小林氏は読んでいく。特に文人画と浮世絵の読みは鋭い。
 例えば広重。広重は浮世絵がその歴史的役割を終えようという最終段階にあらわれた「雅の画家」と位置づけ、その風景画、花鳥画が伝統の名所絵、四季絵、月次絵と通底しており、浮世絵を育てた江戸庶民は、平安貴族にも等しい繊細な美意識を我が物にしたと指摘している。その作品として「江戸近郊八景」の「飛鳥山暮雪」をあげる。文人画では蕪村「鳶鴉図」を取り上げ自由な独創の奇抜さとして、雄雌2羽の鴉が葉を落とした樹木の荒々しい枝に身を寄せて止まり、降りしきる雪片は塗り残された紙の白さで現すことを「虚が実を伝える外隈の手法」に驚嘆している。また北斎の「赤富士」「富獄三十六景―神奈川沖浪裏」を、西欧から輸入したベルリン・ブルーの青さに、西欧文明の憧れとかすかな恐れを読み取ろうとしている。
 「浮世絵花暦」は、浮世絵作品ごとに正月・水仙から四月・牡丹、六月藤、十二月椿など1年にわたり花暦で読み取っており、読み物としても楽しい。(ぺリカン社)