福岡伸一『動的平衡』

福岡伸一動的平衡』『動的平衡2』
 生物学者福岡氏の生物学的エッセイである。分子生物学の研究者であるが、美術や音楽など芸術にも造詣が深く、その生命観は哲学的でもある。『動的平衡2』では、美は動的平衡に宿るとし、ダ・ビンチの水の「渦巻描」からフェルメールエッシャーのだまし絵まで論じている。バッハのゴールドベルグ変奏曲は自由に満ち、多様な表情を持ち特定の情景や情念に結びつかないと論じながら、生命・生物の多様性との関係で動的平衡を描いていく語り口は、私は好きだ。
 福岡氏によれば「動的平衡」とは「それを構成する要素は、絶え間なく消長、交換、変化しているにもかかわらず、全体として一定のバランス、つまり恒常性が保たれている系」だという。生命現象を特徴づけるのは、自己複製だけでなく、合成と分解を繰り返し一定の恒常性を維持することにある。だから福岡氏はドーキンスのような「利他的遺伝子」至上や、デカルトに淵源する生命現象を時計仕掛けのような機械論としてみる見方には批判的だ。遺伝子の自己複製だけで生命を見ないで、エントロピーという秩序の乱れに抵抗し、可変的で持続可能なシステムをもつことを重要視する。生命を解体し、部品に交換し、発生を操作し商品化し、遺伝子に特許を取り、効率的な臓器移植のため死を前倒しすることや、ES細胞の先陣争いなどにも福岡氏は批判する。分子生物学の時代に福岡氏のような生物学者が現れるのは当然かもしれない。
 この2冊の本が面白いのは、動的平衡という生命感を基盤として、コラーゲン添加食品の空虚さや、ダイエツトの科学、狂牛病のブリオンタンパク質の謎、ミトコンドリア大腸菌の人間との共生、グルタミン酸アミノ酸、ES細胞とガン細胞の共通性、ヒトフェルモンはあるのか、地球外生命の存在と生物多様性、花粉症やアレルギーなど身近な生命・生物を取り上げて平易に論じていくことだ。「動的平衡2」になると量子論を基盤に、相関性と因果性の違いまで考え、細胞は相互補完的に役割を決めるという。「生命の自由の哲学」になってしまっている。(木楽舎)