サイモン・シン『宇宙創成』

サイモン・シン『宇宙創成』
 
日本本州で129年ぶりとなる金環日食の時、この本を読む。シンは宇宙論の歴史を辿り、宇宙の始まりがビッグバンで起こったことが発見・実証されていく過程が書かれているが、同時に科学的精神とは何かがわかる。カール・セーガン「コスモス」と共に宇宙論を易しく一般向けに書いた傑作だろう。天動説と地動説のパラダイム変換に匹敵する20世紀の宇宙論は「ビックバン」説と「定常宇宙」説の大論争だろう。科学理論の対立と争いとしてドラマ的にも読める。ガモフにしろルメートルにしろホイルにしろそれぞれの宇宙科学者の生き方や考え方に触れられていて面白い。宇宙創成の謎をいかに解明していくかはミステリーを読むようなワクワク感がある。
 宇宙創成が137億年の大爆発から起こったというビックバン仮説の理論形成も面白いが、シン氏は観測者の執念による観測事実の収集と実証の苦労もドキュメンタリー的に描いている。パロマやウィルソン山の巨大望遠鏡の建設から、光学望遠鏡の分光学、電波望遠鏡の電波天文学まで、ハーシェルからハッブル、ペンジアスとウィルソンまで、その地道な努力がビックバン論を実証していく。天文観測者がいなければ宇宙論は仮説に留まる。膨張を加速する宇宙の生誕時の名残りと思われる37万年の遠方からくる宇宙マイクロ波背景放射の電波を、雑音として見逃さず執念深く観測したベル研究所のペンジアスとウィルソンが、最初はビックバン論を知らなかったというのも面白い。
 シン氏の本は、ビックバンの基礎となるアインシュタインの相対性論や原子物理学の素粒子論、さらに水素やヘリウムなど軽い元素からいかに炭素や鉄など重い元素が誕生時に生まれたかまで解りやすく書いていて理解しやすい。ビックバンに対立したホイル、ゴールドたちの「定常宇宙」論にも大きなスペースを割いて書いてあり公平感が感じられた。最後にビックバン以後の宇宙論として、何故ビックバンが起こったかという未知の問題にまで触れており、21世紀の科学の問題として論じているのもよかった。(新潮文庫青木薫訳、上、下巻)