岡倉天心『茶の本』」

岡倉天心茶の本』・『東洋の理想

 東日本大震災津波で流失した明治美術指導者だった岡倉天心茨城県五浦海岸の六角堂が再建された。東京のデパートでは再建記念の「五浦と岡倉天心の遺産展」も開かれた。天心の著作を読むと、明治時代に西欧文明への懐疑とアジアへの再生を強く望んでいたことがよくわかる。日露戦争後の日本が軍国・武士道の国ではないと訴え、日本の文化的内面性とアジア文明との連帯を訴えかけた気迫にうたれる。その後の日本は天心が望んだ道を進まなかったが。『茶の本』は五浦の岩礁が多くわかめも取れた太平洋に面した場所で日本美術院を移したが、天心はここでこの本を書いたのかもしれない。
 『東洋の理想』では、二つの偉大な文明―孔子共産主義を持つ中国文明と『ヴェーダ』の個人主義をもつインド文明を視野に入れながら、アジアの博物館日本の美術を論じている。また『茶の本』では老子道教と禅思想の審美主義というアジア思想をベースとして茶道を考えている。西欧近代に批判的で、アジアのルネスサンスに理想を見出そうとした天心はポストモダンの思想家だったと思う。茶道に日常生活の俗事のなかに美しきものを崇拝する儀式で一種の審美的宗教であるとともに、清潔を厳しく説く衛生学であり、贅沢でなく単純のなかに慰安を教えるから精神幾何学であると述べている。
 中国の「茶経」や陸羽、道教から禅の精神がこの本には詰め込まれていて、東洋思想論としても面白い。背後の哲理もさることながら、些事になかに偉大を見て、瞬時に永遠を見る。不完全な茶室という空間で、茶、花卉、絵画を主題に仕組まれた即興劇。私は茶道のなかでの「芸術鑑賞」や「花」について論じた天心の美学を面白く読んだ。『東洋の理想』での日本美術史は外国人向けに書かれたというが、いまや私たちが外国人になっているとつくづく感じてしまう。西欧文明対アジア文明という二項対立の「文明の衝突」的見方には疑問を感じるが、当時としてはやむをえないのかもしれない。(『茶の本』、村岡博訳、岩波文庫。『東洋の理想』色川大吉責任編集『日本の名著39岡倉天心中央公論社