和田春樹『北朝鮮現代史』

和田春樹『北朝鮮現代史』

 1948年建国した朝鮮民主主義人民共和国金日成から金正日の死までの歴史を辿り、北朝鮮とはどういう国家かを和田氏は丁寧に北朝鮮の内部資料、中国やソ連の史料を基に
解明しようとしている。労作である。国家モデルとしてはカミングスの戦前日本天皇制の国体と主体思想の類似からの「コーポラティズム国家」論を提唱し、社会主義儒教的伝統の共鳴を注目した鐸木昌之氏は「首領制国家」論を唱えた。和田氏は、1932年の金日成満州抗日武装闘争を原点とする金日成が司令官で全国民が遊撃隊員である「チュチェ主体思想」と統制経済社会主義を結びつけた「遊撃隊国家」とこれまで考えていた。今度の本では1994年の金正日による「先軍政治」により軍隊が人民であり、国家であり、党であり、軍最高司令官と軍が国家と党を管理代行する「正規軍国家」になったと位置づけている。
 1970年代の「遊撃隊国家」では金正日演出の映画や大記念碑的建造物(チュチェ思想塔、金日成銅像など)や数々の儀式、家族国家論の宣伝など権力の行使自体が儀礼にあらわれる類を見ない「劇場国家」だったと和田氏は指摘している。抗日遊撃隊は神話化され、白頭山は聖地になる。だが経済的危機や国際的孤立は、北朝鮮を軍事先行の革命と建設という正規軍国家に変貌させ、その象徴が核兵器とミサイルということになる。
 北朝鮮ほど苦難な国家はないだろう。主体思想チュチェ思想)もソ連と中国という大国の共産党政権に挟まれ、隷属しないために自主・自立の主体として生き抜くために確立されたものだし、植民地からの解放は冷戦時代にぶつかり、分断国家から朝鮮戦争という名の米中戦争で国土は蹂躙される。常に米韓との戦争脅かされ戦争国家でいなければならない60年である。農村改革の失敗に自然災害で経済は疲弊し、「改革・開放」の中国路線もとれる余裕もない。この本で私は金日成金正日も国際協調の考えがあったことがわかった。だが妥協と決裂の国際外交の歴史が同時にある。
金正日の死後はどうなるのか。和田氏は最後にこう書く。「正規軍国家の体制は最高司令官である後継者を頭にいただくにせよ、党国家体制に移っていくのだろう。正規軍国家から党国家体制への移行は普通の国への進行である。政治局の政治は合意の政治であり、専門性ある者が責任を分担する政治である」(岩波新書