長沢栄治『エジプト革命』

長沢栄治『エジプト革命


 「朝日新聞」によると、4月8日エジプト大統領選の立候補が締め切られ23人が立候補し、イスラム同胞団と軍部・旧政権出身者の争いに世俗リベラル派やイスラム厳格派も出て、2011年1月25日「アラブの春」といわれたエジプト革命の民政移管による決着がつこうとしているという。その前に憲法改正も予定されている。この本はムバーラク権威体制を倒した革命について近代史を踏まえて俯瞰したもので、今後のアラブ世界を考えるために役立つ。かつて牟田口義郎著「カイロ」(1992年刊)はエジプト史の通史が書かれているが、その本では「エジプト革命」という章があり、1952年ナセルと自由将校団による王政打倒を指していた。とすると今回は第二共和制ともいうべき革命なのか。ナセルーサダトームバーラクの三代権威体制が倒されたのだから第二革命といえるのか。
 長沢氏はナセルの1952年7月革命との比較をこの本で行っている。どちらも民衆運動の高揚に軍が介入し秩序化する過程は似ている。だが7月革命は群集による無統制な暴力の噴出だったから、ナセルの権威主義を呼び出し、それがサダトームバーラクの抑圧警察国家と金権腐敗体制を創り出した。今回は統制の取れた集団行動という自己組織化が強く、軍の介入も軍隊の中立性や「法の支配」を重んじていたから、軍クーデタとは違うと長沢氏はみる。流血はあったが少なく、ソーシャルメディアや、ガンジー主義の非暴力の影響も若者に強かった。7月革命から60年の民主化運動の蓄積があつたとも見ている。
 この本は7月革命以来の歴史を振り返り、いかに抑圧と腐敗のムバーラク体制から1月革命が生じたかの背景を詳細に辿っていて読み応えがある。ナセル7月革命の再検討が1月革命を60年後に誘発していく過程がよくわかる。この革命の行方も面白い。 ポスト・イスラムの「市民的国家」か、「宗教国家」という伝統的イスラム再帰するのか、議院内閣制的共和制か大統領的共和制か、地方自治はどうなるのか、軍に対する文民統制はできるのかなど、近い憲法改正が明らかにされると長沢氏は指摘している。長沢氏によれば7月革命のような権威路線には戻らないという。(だが、宗教国家に対する軍のクーデタは予測されていない)さらに対イスラエルパレスチナ問題にも今後影響がでるとのいう。(平凡社新書