飯島祐一『認知症の正体』

飯島祐一・佐古泰司『認知症の正体』

 いまや世界は老い始めている。世界保健機構(WHO)ひよれば、認知症の患者は2050年にはいまの3倍の1億1540万人に達し、認知症がらみのコストは48兆円にのぼると発表した。新興途上国でも高齢化が進み急激に認知症が増加するという。患者を抱える家族は貧困に苦しむと予測している。日本でも高齢化社会認知症は大きな問題である。この本は信濃毎日新聞のキャンペーン連載記事を本にしたもので、新聞協会賞やファイザー医学記事賞を受賞した。臨床医や医学研究者だけでなく、介護・福祉従事者や、患者を抱える家族、地域の取り組みまで総合的に取材し、現在の認知症に関する問題を浮き彫りにしている。研究が主になっているが、検査や診断、予防など患者をかかえる家族にも役立つ。認知症といっても、アルツハイマー症だけでなく、レビー小体認知症、前頭側頭葉変性症、脳血管性認知症、若年性認知症まで、その違いや正体がやさしく紹介されている。イラストや図版が多くわかりやすい。
認知症とは脳の中に、神経原繊維変化という奇妙なたんぱく質が蓄積され、神経細胞が壊死していき、脳が萎縮して小さくなり、認識や記憶機能に障害がでる病気である。蓄積されるタンパク・タウは溶媒にも溶けず壊せない厄介なものである。ボクサーがパンチで脳に衝撃を受けると、神経細胞の軸の部分が損傷し、このタンパク質が蓄積しアルツハイマー病と同じ症状になる「ボクサー脳」の指摘を、この本を読みはじめて知った。
この本の特徴は認知症の研究が進み、薬で進行を抑制できる段階に入ったという認識である。免疫療法も進み、飲むワクチンも開発されているという。漢方薬による認知症効果まで書かれている。また早期発見・治療のための病院と診療所の連携や、地域全体の取り組みが岐阜県中津川市の例として紹介されている。また歯でよく噛むことや、回想法という昔のことを回想させる方法など様々な認知症への取り組みも扱われている。認知症が治る病気になりつつあるという希望を抱かせる本である。(PHPサイエンス・ワールド新書)