ソーカル「知の欺瞞」

アラン・ソーカル ジャン・ブリクモン 『「知」の欺瞞―ポストモダン思想における科学の濫用』
 

 この本は、モストモダン思想における自然科学の利用がいかに誤解と過ちに満ちているかが指摘されている。それもラカンクリステヴァボードリャールドゥルーズガタリヴィリリオなどの錚々たる思想家が、槍玉に挙げられている。確かにポストモダンの思想家は現代物理学や現代数学からの借用、引用、誤用が多いのかもしれない。相対性理論量子力学ゲーデルの不完全性原理、カオス理論、位相幾何学フラクタルなどが濫用されている。自然科学者から見るとそこには術語の厳密性や、理論的文脈とかけ離れた誤用がある。自然科学からの類推(アナロジー)を二人の著者は否定しているわけでない。自然科学と人文科学の「二つの文化」の対話の必要性をも認めている。だが著者たちの主張は、ポストモダン思想にある合理主義に結びついた経験に照らし合わせた自然科学の方法を否定し、認識的、文化的相対主義によって科学を「物語」「神話」「知的構成物」としか見ない精神への批判にある。
クーンやファイヤアーベントによる「観察」が主観的理論仮説にまず縛られるとか、実験的証拠の理論の決定不全性、パラダイムの通約不可能性など自然科学を相対主義で見る視点への批判である。著者によれば「相対主義」とは、ある命題が真であるか偽であるかは、個人や社会集団に依存して決まるという哲学だという。著者たちはリオタールのポストモダン科学におけるカタストロフィーやカオス理論の誤用を攻撃している。著者たちが啓蒙主義時代からの科学の正統な方法論の持ち主であると思われる。経験的事実の無視や社会科学が文化相対主義をとることは認めるが、それが度をすぎると好き勝手な意見に脱し杜撰な理論物語になるというのだ。問題提起の書だ。(岩波現代文庫田崎晴明、大野克嗣、掘茂樹訳)