成田龍一『近現代日本史と歴史学』

成田龍一『近現代日本史と歴史学


 明治維新から戦後社会まで近現代日本史が、史料の発掘や新歴史解釈による歴史像の変化でいかに書き換えられてきたかを、400冊を超える近現代日本史学の研究書を主に辿った本である。近現代史は、現在の問題意識やイデオロギーにより解釈が分かれ、多義的歴史像が描かれ、教科書問題に見られるように政治的対立になりやすい。特に中国、韓国の日本の植民地支配や戦争責任も絡んでくるから難しい。成田氏のこの本は戦後日本史学がいかなる歴史像を描き出したかが整理されていて解りやすい。
 成田氏は戦後史学を三つの潮流に分ける。第一期は戦後直後からマルクス主義を基盤とした社会経済的「戦後歴史学」で、第二期は70年代からの生活者である民衆に焦点をあてた「民衆史」であり、第三期は進歩史観と近代の再検討を含む「社会史」であるという。この三期にわたる歴史学の代表的歴史書が、明治維新(開国、倒幕、維新政権)から自由民権運動の時代、大日本帝国論、日清・日露戦争の時代、大正デモクラシー期、アジア・太平洋戦争の時代、戦後社会論まで160年間の近現代歴史像の変遷を描くため取り上げられている。取り上げられた著書は、遠山茂樹明治維新』からジョン・ダワー『敗北を抱きしめて』まで400冊を超える。力作だと思う。と同時にいかに近現代史が多様で多元的であり、固定した歴史法則が無く変動していることがわかる。だが、歴史学の豊穣さと重層性が、近現代史で蓄積されてきていることも成田氏が取り上げた研究書でよく理解できる。
 日露戦争でも70年代の司馬遼太郎坂の上の雲』も取り上げられているし、成田氏の司馬史観による「祖国防衛戦争」という考えの批判もあって、諸所に成田氏の考えが見えるのも面白い。変動激しい近現代史で「連続―断絶」は大きな問題だが、大正デモクラシーが30年代の総動員体制による国民化による平準化の管理システムの土台になったとか、戦後改革から「55年体制」まで、戦時1940年代の統制主義に連動しているとか、占領体制が「日米抱擁」からなるとか、近現代史の複雑な両義性がよくわかるのも面白い。それは「開国」や「植民地支配」にもある。成田氏のこの本で近現代日本史の面白さが触発され、読んでみたい歴史書が多くなった。(中公新書